乳科学 マルド博士のミルク語り

加熱すると伸びるチーズと伸びないチーズ

2022年5月20日掲載

加熱するととろけるチーズと加熱してもとろけないチーズがあることは皆さまもよくご存じのことと思います。何故なのでしょうか。IDF(国際酪農連盟)の世界会議で米国のLucey先生が講演した内容やD. Joachim とA. Schloss が書いたネット記事https://www.finecooking.com/article/the-science-of-melting-cheeseを参考にしながらご紹介します。
とろけるか、とろけないかはチーズのpHが最大の決め手です(図参照)。pHが6以上のチーズではカゼインミセルの構造を維持させているリン酸カルシウムナノクラスター
(リン酸カルシウムの微小集合体で、カゼインどうしをつなぐいわばボルトのような働きをしています)がほぼそのまま残っているためレンネットの作用を受けたパラカゼインミセルの内部に存在しているカゼインはボルトでしっかり固定されています。なので、加熱しても柔らかくなりますがとろけることはありません。ボルトの働きをしているリン酸カルシウムナノクラスターはpHが下がるにつれて可溶化しホエイ中に溶けだします。このため、pH6以下~5のチーズではボルトの数が減るためカゼインが動きやすくなり、とろけるのです。一方、酸凝固タイプのチーズではボルトが殆ど残っておらず、カゼインは互いに疎水性の相互作用(カゼインどうしが水を嫌って吐き出すことで結びつく作用)によりがっちりつながり、しかもこの疎水性相互作用は加熱するとより強くなります。なので、加熱してもとろけることはありません。
しかし、とろけやすい/とろけにくいは他にも原因があります。第一に脂肪です。加熱すると脂肪が液状化しチーズ表面に浮いてきます。このため、カゼインはより動きやすくなります。第二は水分です。水分が少ないとカゼインは動きにくくなります。

さて、今回の話題に関連し2022年4月21日に日本テレビから放映された「伸びるチーズ対決」について若干説明をしておきます。放送ではモッツァレラチーズにチーズ公正競争規約で決められた範囲内での添加物を加え、どこまで伸びるかについて二人の先生が対決しました。H大学の先生は通常のモッツァレラをハチミツとオリーブオイルに漬けこみ、加温しながらチーズを引っ張りました。N大学の先生は炭とデンプンを加えました。ハチミツやデンプンなど粘性が高く水と親和性のある糖質を加えると伸びがよくなることはアリゴでよく知られています。モッツァレラを引き延ばした「さけるチーズ」では水や脂肪にそってカゼインが裂けます(『チーズを科学する』C.P.A発行・幸書房)。通常のモッツァレラのpHは5.2付近で、図に示すようにカゼインを繋いでいるボルトの役割を果たしているリン酸カルシウムの多くがホエイに溶けだしカゼインの自由度が上がり、動きやすくなります。動きやすくなったカゼインは脂肪や水分に沿って動きます。なので、オリーブオイルを加えることは伸びやすくするリーズナブルな方法です。
一方、N大学の先生が炭を加えると話した時、アッ、その手があったかと驚きました。N大学のモッツァレラはpHを4.9に調整します。そのため、ボルト役であるリン酸カルシウムがほぼ全てホエイに溶けだします。しかし、カゼインの連結器がなくなるためにカゼインの自由度は高くなりますが伸びにくくなります。そこで新たな連結器として炭を加えたのです。炭は炭素ですから疎水性で、カゼインの疎水領域に結合し、カゼインどうしを疎水性相互作用で連結するのです。
テレビで放映された対決はN大学の勝利に終わりましたが、炭を使うと知った時、N大学の勝利を確信しました。テレビではここまでの説明はありませんでしたので、不思議に思った方が多かったと思います。お役に立てれば幸いです。


「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。

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