乳科学 マルド博士のミルク語り

赤ちゃん用の粉ミルクとチーズホエイ

2021年1月20日掲載

赤ちゃんにとって、母乳が一番の栄養物です。しかし、赤ちゃんのいるお母さま方の中には母乳が出にくいことで悩まれている方が沢山いらっしゃいます。また、働いているお母さま方も母乳を与える時間が限られることで悩まれています。そのような方々に利用していただくことを目的に、牛乳をベースにして母乳の組成に近似化したミルクが赤ちゃん用の粉ミルク(乳児用調整粉乳)です。
しかし、牛乳をベースに母乳の成分を組み立てるのは容易ではありません。表1表2をご覧ください。牛乳と母乳では成分組成が大きく異なります。

第一に、母乳の乳糖含量は牛乳の約1.5倍も含まれています。第二に、母乳ではカゼインが少なく、ホエイたんぱく質が多い点です。牛乳ではカゼインとホエイたんぱく質の量比(CN/WP)が4.7なのに対し、母乳では0.3です。すなわち、ホエイたんぱく質の方がカゼインより多いのです。

第三には脂肪酸組成が異なり(表3)、母乳には不飽和脂肪酸が豊富です。脂肪酸組成は民族によって異なり、日本人は不飽和脂肪酸の多い魚を日常的に食べるのに対し、欧米人の魚摂取は日本人より少ないことが影響し、不飽和脂肪酸がやや少ない傾向があります。

ウシでも牧草を食べる夏場のミルクには不飽和脂肪酸が多く、濃厚飼料を食べる冬季には飽和脂肪酸が多くなるのと同じで、エサの種類が脂肪酸組成に影響します。さらに、母乳のミネラル含量は低く、ビタミン類の組成も異なっています。なので、単純に牛乳をベースに成分組成を母乳のそれに近似することはできません。
では、どのように成分を調整しているのでしょうか。まず、たんぱく質源としては脱脂粉乳を使いますが、脱脂粉乳のたんぱく質はカゼインがメインです。しかし、母乳のカゼイン量に合わせるために、使用可能な脱脂粉乳の配合量は限られます。そこで、ホエイたんぱく質を母乳の量に合わせ、乳糖も母乳に合わせるためるにホエイたんぱく質濃縮物(WPC)や脱塩ホエイ粉を加えます。これらのホエイ粉はチーズ製造から産生されたものです(2018年6月20日、「銭を生むホエイ」参照)。脂肪は植物油を使って母乳の脂肪酸組成に近づけます。これら原料混合物だけでは不足するミネラルやビタミンはミネラルやビタミン剤を使って補います。
この他、母乳中には多く含まれているのに牛乳には微量しか含まれていない生理活性成分、例えばオリゴ糖、ラクトフェリン、シアル酸化合物などを補強した乳児用調整粉乳も市販されています。オリゴ糖は赤ちゃんの腸内細菌叢をビフィズス菌リッチにする働きがあります。ラクトフェリンは感染防御作用が重要です。シアル酸化合物も感染防御が期待されます。
チーズホエイにはレンネットによってκ-カゼインから切り出されるカゼインマクロペプチド(CMP、あるいはGMP、シアル酸が結合したペプチド)が含まれています。また、カゼインに由来する様々なペプチドやCMPに結合している糖鎖も含まれています。母乳には非たんぱく質態ペプチド(non-protein peptide:NPN)が含まれています。NPNを補うためにもチーズホエイは有用です。これら混合物(ミックス)を水に溶かし、殺菌した後に噴霧乾燥します。

このように、チーズホエイは乳児用調整粉乳にとって極めて重要な原料となります。日本ではホエイを加工処理できるのは乳業メーカーに限られますので、工房製チーズのみならず乳業メーカーのナチュラルチーズも消費が伸びると貴重なホエイが大量に産生され、赤ちゃん用の粉ミルクに使われ母乳を与えられないお母さん方の悩みを軽減することができるようになるのです。

 

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