チーズというものは大きさ形によって味が変わるらしいけれど、大型の高名なチーズはだいたい円盤形とか円柱形と決まっているようです。ヨーロッパでチーズの種類が多い国といえばやはりフランスでしょうか。しかも、平地が多いフランスの全土では様々な大きさや形のチーズが造られているのです。山のチーズといわれる高地で造られるものは大型の円盤型のチーズが多く、古くから平原の村々で造られてきた物は「一村一チーズ」のことわざ通り、小型ながら様々な形のものが無数に作られてきたのです。
フランス北部の広大なパリ盆地の北東部にナンシー(Nancy)という美しい町があります。美術の好きな人にはアール・ヌーヴォーの発祥の地として知られ、お菓子好きにはマカロン誕生の町として知られています。筆者がこの町を訪れたのは、近くにあるブリ(Brie)チーズの近代工場を見るためでした。パリからフランスの新幹線TGVで約1間半、人家の少ない美しいパリ盆地の草原を眺めている内にあっという間に目的の地への到着でした。その日はこのナンシーの町に泊り、翌朝はいつものように早起きし、町の常設市場に向かいます。この町の市場はかなり大型なので、期待してチーズ売場に向かうと、なんとこの市場のチーズ売場は巨大でした。数十メートルはあろうかと思われるショー・ケースの中に可愛らしい小型のチーズが無数に並んでいるのです。いつものように朝飯前の短時間に見学できるスケールではないのです。そこで筆者はチーズが並んだショー・ケースの中を端からきっちりと一枚ずつ写真を撮ることにしたのです。
帰国して撮影した写真の枚数を調べて見ると44枚の写真が撮れていた。その中の一枚が①の写真なのです。この様な小型のチーズはヤギやヒツジのミルクから造られる場合が多いけれど、このパリ盆地の平原にはこれら小動物の姿はなかったので、これ等のチーズは多分牛乳製と思われます。何しろ撮影の時間は早朝の1時間足らずでしたので、写真を撮るだけで、チーズをじっくりと検証する時間がなかったのです。
さて、写真②はイタリアのチーズですが、見た事ありますか。筆者は20世紀の後半あたりから、イタリアの市場巡りをしてきたけれど、こんな形のチーズは見た事がない。ところが、21世紀に入ってからイタリアで行われた、試食パーティに2度もこのチーズが出てきたのです。生地はモッツアレッラと同じもの様でした。
そこで、翌朝、ホテルの近くにあった市場で調べて見るとその名前はずばりPasta filataでした。筆者がこのタイプのチーズに最初に出会ったのは水牛乳のモッツレッラでその印象が強かったので、同じ生地から造られる、別種のチーズがある事を全く知らなかった。あとで町の市場で調べて見ると、このタイプを陳列するコーナーがあり、様々なパスタ・フィラータ製品が並んでいました。
最後に、紹介するこのフシギな形のチーズはなんでしょう。ヒントは、これはフランスの島で造られているもので、その島の朝市の屋台に並んでいたもの。そして、この近くで生まれたナポレオンが立像となって、高いところからこの市場を見下ろしていました。そう、このチーズを売っていた町は、コルシカ島の首都アジャクショの朝市で、チーズはこの島の形をしているのです。といってもそんなことに気づく人は少ないようで、みな忙しそうにこのチーズの前を素通りするので、チーズを並べ変えたりして、ゆっくりと写真を撮ることができました。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
*禁無断転載