しばらくぶりにパリの街を歩いた。チーズの旅といえばほとんどが田舎回りで、ここ数年パリはといえば、ドゴール空港の乗り継ぎばかりで市内に入らないことが多かった。
だが、春浅きパリは天候が悪く寒い。それでも好きな露店市などを、ぶらりと見て歩きたかったが、その前に、長年の宿題を果すためパリの西のはしに向かった。ブローニュの森にほど近い公園にモネの絵の展示で知られるマルモッタン美術館があるが、その小さな三角形の公園にユニークなブロンズ像があるのだ。長いちぢれ髪の大男の前に、カラスとキツネがいるという変わったモニュメントだ。
話はこうだ、カラスがチーズをくわえて枝にとまっている。キツネはそれを見て、カラスに語りかけた。「カラスさん、あなたは何と姿が美しいんでしょう! その上声も美しければ、間違いなく森の王者ですね」。その言葉にカラスは我を忘れて美声を聞かせようと口を開く。すると、チーズはくちばしから離れてキツネの口に落ちるというお話。そう、子供のころ読んだ、17世紀のフランスの寓話作家ラ・フォンテーヌの像なのである。前からこの像を見たかった。やっと目的を果たしたのだが、あいにくの曇天でモノクロのような写真になってしまった。でも、チーズ入りのこんな銅像って珍しくなくないですか。
というわけで、願いがかなったので、次は露店市周りである。だいぶ前に出版された朝日の「世界の食べ物2・パリの市場」というのがあって、そこには、パリ市内の主な食料品店街が12か所、常設市場16、そして48ヵ所の露店市が開かれる場所の地図と、それぞれの出店曜日が載っている。これを見ると、パリ中どこかの道路で必ず露店市が開かれているようだ。そして、場所によって売り場に特徴がある。11区などの下町(?)の市場はかなりワイルドで中心部は比較的上品なのだ。
今回は、たまたま、宿泊ホテルがあるカルチエラタンに近い大通りの露店市を訪ねた。まず目に入ったのがカキだ。フランス人は生ガキしか食べないから、むきガキはない。大きさによって0~5番までナンバーが打たれていて、0に近いほど大きくて高い。実はフランスのカキは40前に病気で絶滅に瀕した。各国から種ガキが移植されたが、ことごとく失敗。満を持して東北の仙台から送られた種ガキが見事に成長しフランスのカキを復活させたのである。目の前のそれが、日本のカキの子孫と思うといとおしい。
他の魚売り場を覗くと骨を取り、皮をむかれた魚が氷の上に並んでいる。フランスの一般家庭にまな板がないというから魚は三枚に下ろせない。だから一部の魚はこんな形で売られているのだ。
本題のチーズ屋さんは何軒かあったが、最近の露店市のチーズは、ほとんどがガラスケースに入れられて実に清潔で美しい。以前は台の上にじかに陳列され、妖艶な香りを放っていたものだが、これも時代だろうか。時代といえば鶏は丸ごと売るのが定番だったが、ここでは切り身が売られているのを始めてみた。そして、近頃はこだわりのブランド鶏も増えたようである。そして内臓売り場も健在である。私の好きな豚の頭肉のゼリー寄せ、内臓や血のソーセージなどはフランスの市場を象徴するアイテムである。
久ぶりの朝市もカラスとキツネに時間を取られ、じっくりとはいかなかったのが残念だった。