スイスのレマン湖の南岸のほど近いフランス領に、アボンダンス(Abondance)という村があり、そこには古い修道院があります。そして、この村で古くから作られていたハード系のチーズも、その原料乳を提供する牛もアボンダンスというのです。この様に三拍子そろっているのはけっこう珍しい。10kgほどの中型のハード系のチーズだけれど、同系統のボーフォール同様側面が鉄道の車輪のように凹んでいる。ある説に寄れば、かつては夏の間に高山で作られたこれらのチーズを、秋口になって平地まで下ろすとき、この凹みにロープを巻き付け、馬の背に括り付けて運んだというのです。この説に賛成する人は中々いないけれど、国境を接するイタリア側のフォンティーナやビットなどの山のチーズも同じように側面が凹んでいます。
レマン湖が出たついでに、小型でハード系のスイス・チーズを紹介しましょう。スイス・チーズといえば、日本ではエメンタールを始め、大型のハード系のチーズがよく知られていますが、でも例外的にハード系ながら小さな円筒形のチーズもあります。ご存知、テット・ド・モワンヌ(Tête de Moine)です。このチーズはジロールという専用の器具で、カーネーションの花のように削りだしてサーヴィスすることで世界に知られるようになるのです。ここで、聡明な読者には「エーツ!このチーズは村の名前じゃなく修道士の頭って意味でしょ!」と叱られそうです。
でも、これは後に新しく付けられたアダ名らしくラベルを見れば、下段にFromage de Bellelayという、古い名前も表示されています。フランスとの国境に近い森の中にベルレィという小さな村落があり、そこには同名の立派な修道院がありました。今から千年程前にこのチーズはここで誕生したとか。そしてこのチーズが世界的に有名になったため、修道院の近くには記念館のような物が立っている。建物も大きくて立派。そして駐車場も広いけれど、観光客は一人もいなかった。ずい分と山の中ですからね。
次はフランス北西部のベルギーと国境を接するあたりの話です。これらの地方は、華やかな南仏に比べて観光地もなく、フランス国内でも人気がないらしいのです。かく言う筆者も真っ先に訪れたのは南フランスでしたね。あれから40数年目、ひょんなことから真冬にベルギーと国境を接する北フランスの地にチーズを求めて旅することになったのです。ある年の2月に、毎年パリで開かれる通称「農業祭」へのツアーに参加を申し込んだら、冒頭にこの旅が組み込まれていたのです。早朝パリから北に向けて車を走らせると、やがて冬枯れの畑と短く刈られた牧草地が交互に現れ、樹木はみな葉を落としている。パリ盆地の北西部は、かつては石炭の一大産地として栄えたのです。従って車で走っていると所々に大きなボタ山(石炭採掘の時に出るガレキの山)が現れる。フランスでは珍しい風景です。そして、この地は発電用の風車がやたらに多く、冬枯れの原野に林立し力強く回っていました。
日本にフランスのチーズが輸入され出したのは1960代の頃でしょうか。その頃のソフト系のチーズといえば、カマンベールなどの外に、なぜか、この地方でつくられていたスパイスで色付けし形の変わったものがよく見られました。小さな砲弾型のブーレット・ダヴェンヌとか、赤いイルカ型のドーファン(王太子という意味)などでした。時代が流れ、次第に本格チーズへの要求が高まるにつれ、このようなチーズはあっという間に姿を消してしまいました。
話を本題に戻そう。フランス北部には、もともと有名なチーズは少ないけれど、日本でもよく知られている球形のチーズ、ミモレット(Mimolette)はこの地方でも大量に作られているけれど、A.O.P.の認証チーズはマロワール(Maroilles)だけなのです。このチーズは7世紀にできた修道院で生まれたというからけっこう古いチーズです。このチーズの産地の村を空から見るため、いつものようにGoogleマップの航空写真で探ったけれど、このマップには村名は出ていませんでした。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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