先月(2021年2月20日)、馬乳からチーズを作れないと述べたばかりですが、その舌の根も乾かないうちに、今回は馬乳からチーズを作ることができるという話を紹介します。
今回登場するのはウシのキモシンではなく。ラクダのキモシンで、この遺伝子をAspergillus niger(注)に組み込んで生産させたキモシンです。ラクダキモシンもウシキモシンと同様にκ-カゼインのフェニルアラニンーメチオンの間を切断しますが、この酵素活性はウシキモシンより70%程度高いと報告されています(Jensen et al., Acta Cryst. D29: 901-913, 2013)。
活性が高い理由について、Jensenらはラクダキモシンの立体構造がウシキモシンのそれと比べ、柔軟性が高く、馬乳κ-カゼインにびっしり付いている糖鎖のジャングルの中を侵入していけるため、ならびにラクダキモシンの表面電荷がウシキモシンよりも馬乳κ-カゼインに結合しやすい電荷になっているためと考えています。
ラクダキモシンを使って馬乳を凝固させる方法を図に示します(Iannella, Direct Res. J. Agric. Food Sci., 3: 167-172, 2015)。
基本的には通常のチーズ作りとは変わりません。しかし、いくつか留意すべき点があります。第一に搾乳した馬乳の加熱は温める程度、35-37℃とし、低温殺菌やサーミゼーションをしてはならないのです。実際には43℃のお湯に乳を漬けて加温します。乳酸菌スターターの添加は必須で、pHを十分に下げることが重要です。これはラクダキモシンの至適pH(最も働くpH)が5.1であるためです。
このようにして得られた馬乳カードはフワフワしたものではなく、しっかりしたカードとなるそうですが、歩留は4%しかありません。これは、馬乳のカゼイン含量が牛乳の半分しかないためです(2021年2月20日コラム参照)。牛乳の場合、歩留は10-12%程度ですから、馬乳チーズを作るには3倍以上のコストがかかることになり、工業的な馬乳チーズの製造は難しいでしょう。
さて、そもそも、馬の胃液には凝乳酵素は含まれているのでしょうか。いろいろ文献を調べているのですが見つかりません。しかし、ペプシンは存在しているようです(Stepanoc et al., Biokhimila 41: 1285-1290, 1976 本文はロシア語、英文要旨)。反芻動物ではない馬では胃内容物を口に戻すことはなく、しっかりしたカードになっている必要はないと考えます。ヒトでもたまに赤ちゃんが哺乳後戻すことがありますが、ソフトヨーグルトのような状態でチーズのようなカードではありません。これもヒトは反芻動物でないためと考えます。この辺りについては、ダンチェッカーさんに伺ってみたいと思っています。
(注)Aspergillus niger
クロコウジカビ、パンなどに付着する汚染カビである一方、古くから焼酎の醸造などに使われています。アスペルギルス ニガーと読みます。
「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。
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