乳科学 マルド博士のミルク語り

飲みニケーション

2022年4月20日掲載

昨年、ある生保会社が行ったアンケートによれば飲みニケーションが必要と答えた人は38%しかいなかったそうです。特に若い方々は職場の方と仕事帰りのチョット一杯を敬遠しているみたいです。さらに、コロナが追い打ちをかけているのが現状です。しかし、飲みニケーションが重要なヒントになり、仕事を成功させることもあるという私の体験をご紹介します。

30数年も昔のことです。私は乳業メーカーの研究所で乳たんぱく質の新しい利用技術を開発するグループのリーダー(課長職)をやっていました。牛乳中のある微量たんぱく質(仮にPと名付けます)に抗菌作用があるので、これを利用したヨーグルトを作れば腸内環境を整え、かつ有害菌の増殖を抑えるヨーグルトを開発できるのではないかと考えていました。そこで、ある日、ヨーグルトの開発を担当しているグループのリーダーと飲みニケーションした際、相談してみました。彼はPを使ったヨーグルトの試作を手伝ってくれる約束をしてくれました。
私たちはPを使ったヨーグルトとPを使わないヨーグルトを作り、当時研究所で飼っていたサルに食べさせ、その便を採取し菌叢解析を行う計画を立てました。何故サルかというと、分類学的にはネズミよりヒトに近いということもありましたが、当時サルを飼育していたもののサルの使い道がなく、無駄飯を食わせている状態でした。そこで所長から便性を調べるならサルを使ってみてはどうかと示唆されたためです。

サルを試験食群と対照群に分けそれぞれのヨーグルトを与えたのですが、思いもよらなかった失敗をしました。それはヨーグルトのような酸味がある餌を食べるサルと食べないサルがいたのです。このため、統計解析を行うのに必要なデータが得られず、適正な実験が成立しなかったのです。試作したヨーグルトが大量に余り、しばらく冷蔵庫に放置していたのですが、1ヶ月を過ぎた頃、他の方から冷蔵庫内のヨーグルトを片付けろと言われ、やっちまったナとぼやきながら片付け始めました。その際、試作ヨーグルトを食べてみました。
ヨーグルトは乳酸菌が生きていて、冷蔵していても乳酸を出し続けます。なので、1ヶ月以上放置していたらメッチャ酸っぱくなっているハズ(これを後発酵と言います)です。ところが、何ということでしょう!酸っぱくなかったのです(図参照)乳酸菌が死んでしまったのかと思いましたが、ちゃんと規定通り生きていました。ヨーグルトの担当リーダーとまた飲みながら、何故酸っぱくないのだろうと話しました。そしたら、前々から購入したお客様から「とりあえず冷蔵庫に保存していたらいつもより酸っぱくなっている」という苦情があって改良を試みているのだが、なかなか実用的な方法がないとのこと。もし、Pを加えるだけで酸っぱくならないなら使えるぞ。

Pを加えるだけなのですが、実際の商品に適用するには様々な課題があり一筋縄にはいきません。丁度、新入社員の女性が配属されてきたので、彼女と共に課題解決に取り組みました。ほぼ半年でこれら課題を解決しました。また、全国にあるいくつかの工場でこのヨーグルトを生産するのですが、工場の規模が違うし、設備も違うし、検査機器も違うし、何より人が違います。そこで、各工場でのオンライン試験(各工場に出かけて実際の製造設備を使った試作を行い、不具合が生じないか、工場の作業員が作業標準どおりに製造できるか、各工場での試作品が仕様を満たしているかなどをチェックする試験)を行い、不具合を修正し商品となります。お蔭様で現在でも店頭販売されている定番商品となっていますが、そのきっかけは予想外の大失敗と飲みニケーションにあったのです。
コロナが沈静したら、飲みニケーションして様々な考え方をぶつけあってみませんか。


「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。

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