乳科学 マルド博士のミルク語り

銭を生むホエイ

2018年6月20日掲載

銭を生むホエイ

チーズを作ればホエイが副産物として得られます。昔はホエイを廃棄することが多かったようです。今も小規模な製造所ではホエイを廃棄したり、飼料に混ぜて豚に与えたりしています。このように飼育された豚は“ホエイ豚”と呼ばれ、肉質がよくておいしいと言われています。しかし、近年水質汚染の問題からホエイをそのまま廃棄できなくなりました。このため中規模以上の製造所では大量に出てくるホエイの処理に頭を悩ましています。
一口にホエイと言っても、チーズ製造から出てくるホエイをチーズホエイ、酸カゼインの製造から出てくるホエイを酸ホエイと呼び、性質は若干異なります。チーズホエイは酸カゼインに比べてpHが高く、乳糖によるほのかな甘みが感じられるので甘性ホエイとも呼ばれます。チーズホエイと酸ホエイは成分的には大きな違いはありませんが、酸カゼインのpHはチーズホエイのそれよりも低く、カゼインから遊離してくるカルシウムやリンが多いことや中和に要するアルカリ量が多いことから、ミネラル含量が高い傾向があります。一番の違いは、チーズホエイではレンネットでκ-カゼインから切り出されたカゼインマクロペプチド(CMP)が含まれるのに対し、酸ホエイには含まれません。
近年、邪魔者であったホエイの需要が高くなってきました。ホエイには乳糖の他、良質なたんぱく質やミネラルが含まれています。また、ほのかなミルク風味があり、たんぱく質は食品の物性調整剤として利用されます。さらに、健康機能を示す多種類のたんぱく質が含まれています。図はホエイから得られるホエイ関連原料の主なものを示しています。
ホエイを濃縮・乾燥した「ホエイ粉」は菓子やパンの重要な副原料です。ホエイを脱塩(ミネラルを抜くこと)した「脱塩ホエイ粉」は乳児用粉ミルクの原料になります。人乳中のミネラル含量は牛乳のそれより低いので、ミネラルが多いと赤ちゃんに負担をかけるためです。また、限外濾過膜を用いてたんぱく質を濃縮してから乾燥させたものが「ホエイたんぱく質濃縮物(WPC)」です。WPCには様々なたんぱく質含量の製品があり、用途に応じて使い分けられます。WPCのたんぱく質濃度をイオン交換樹脂などで90%程度にまで上げたものを「ホエイたんぱく質分離物(WPI)」と呼んでいます。ホエイたんぱく質には激しい運動で損傷した筋肉の修復に効果があるBCAA(分岐鎖アミノ酸:ロイシン、バリン、イソロイシン)が豊富に含まれており、スポーツ飲料の主原料となっています。
さらに、ホエイから抽出される機能性たんぱく質には様々な種類があり、中には1kg当たりウン万円もするものもあります。市販されているものは、MBP(骨健康)、ラクトフェリン(免疫機能調整、内臓脂肪低減、感染防御など)、カゼインマクロペプチド(感染防御、食欲抑制など)、ラクトパーオキシダーゼ(感染防御、ヨーグルトのおいしさ維持)などです。これらは、サプリメント、乳児用粉ミルク、ヨーグルトなどに使われています。
このように、ホエイの需要が高まり銭を生むようになると、可能な限り質のよいホエイを安価に製造する技術が発展しました。しかし、図に示したように、殆どの場合「濃縮・乾燥」という工程を経るので、濃縮・乾燥に要する時間を短縮し、エネルギーコストを抑える必要があります。そのためにはチーズの作り方にも工夫が必要になります。
非加熱圧搾タイプのチーズでは、所定のpHに制御するためにホエイの一部をお湯で置換することが多いのですが、その結果ホエイが希釈され、濃縮コストが高くなります。なので、大規模製造所ではホエイをお湯で置換せずにpHを制御する工夫をしているようです。また、一つの工場で多種類のチーズを製造している場合、日によって製造品目や製造量が変わりますので、出てくるホエイの種類や量も変化します。チーズの種類によって、それぞれ専用のホエイ貯留タンクを設置していればいいのですが、タンクが少ない場合、複数のpHや成分が異なるホエイを混合して貯留しなければなりません。つまり、ホエイの性質が日々異なるという問題もあります。
TPPやEPAなどで今後海外から安価なチーズが輸入される時代になると、国産チーズはガチ勝負を迫られます。国産チーズの品質はすでに輸入チーズのそれと肩を並べるレベルに近づいています。そのため、製造コストを下げる方策の一つとして、価値が高まったホエイを銭に変えることも重要な課題になると思われます。