土佐の高知のラクレット
この春久しぶりに高知市を訪ねた。この時期高知名物といえばカツオの叩きといっても異論のある人はないでしょう。筆者もこれまでに幾度か、このワラでサッと焼いた叩きを食べるために高知を訪れたことがあります。太平洋の荒波が直接打ち寄せる高知ではカツオばかりではなく、東京ではなかなかお目に掛かれない、ウツボとかアナゴの稚魚のノレソレなどを食べるが楽しみなのです。
市の中心地で高知城の近くに「ひろめ市場」という有名な市場があり、ここへ行くと誰もが心躍り、生ツバが湧いてくるのですが、中に入るとすぐ大きなホールになっていて、その壁ぎわに小ぶりの店舗がぎっしり並んでいます。
そしてそれらの店先には近海でとれた魚介類や農産物を、地元のやり方で調理したものがずらりと並んでいて、それがとても美味そうで安いのです。ホールの中心には木製のテーブルとベンチが並んでいて、周りの店から買ったものをそこで自由に食べられるシステムになっている。
そのほかに小さく仕切られた食べ物屋もあり、昼間っからでもその店のカウンターで好きな物を食べ、酒を飲むこともできるのです。それはもう、食の遊園地といったところでしょうか。そんな店をつまみ食いしながらさらに奥に行くと、思いがけないものを発見。あるバーのカウンターの黒板に「みんな知ってるハイジのチーズ。チーズとろとろラクレット」書いてあるではありませんか。
高知県は新鮮な魚介類が日常的に手に入るので、チーズなんか食べる人は少ないだろうと勝手に思っていました。やや古い統計ながら高知市のチーズ消費量ランキングは確か50位という記憶があったので、ここでラクレットに会えるとは思えなかったのです。その店のカウンターの真ん中には日本製だという、シンプルながら立派なラクレットオーブンが鎮座していて、チーズは北海道産のラクレット・チーズを使っているということで、なかなかおしゃれな店でした。時代はどんどん進んでいるんですね。
私が本場スイスで、初めてラクレットを食べたのが1990年。その2年後に始まったチーズフェスタの会場で初めてラクレットのサービスをしてから20数年が経ちました。その後1990年代の終り頃から、わがCPA副会長の宮島望氏が作るラクレットが内外で高い評価を受けるに及んで、国内でラクレットを作る工房が増えていきます。そして、その後宮島氏は十勝管内の5戸のチーズ工房と共に共同の熟成庫を作り、そこに同じレシピで作られたグリーン・チーズを集め、モール温泉水でウオッシュしながら熟成させるという画期的な方法を確立。昨年からこの、新作のラクレット・チーズを「十勝モール・ウオッシュ」の名で販売を開始するのです。モール温泉とは亜炭や泥炭などの太古の植物が堆積した層を通って湧き出す温泉の事で、この温泉水でチーズの表面を洗うことで、チーズに独特な個性が現れるというのです。この様な作り手側の努力もあって、近頃都内でもラクレットを出す店が増えるなど、最近日本でもラクレットブームの兆しが見えてきましたが、まさか高知でもと言ったら失礼になりますね。でもこれはとてもうれしい事でした。しかし残念な事にこの高知の店では、出発の時間が迫っていたので、ラクレットはあきらめ、とりあえずアナゴのアヒージョを食べてから、急いで空港に向かったのでした。