乳科学 マルド博士のミルク語り

合衆国におけるチーズ製造の発展=後編=

2018年2月20日掲載

合衆国におけるチーズ製造の発展=後編=

記念の100号(リンクページにジャンプします)

前編ではJournal of Dairy Science (J. Dairy Sci.と略されます)Vol.100 no12 に掲載されていた100年記念特集の中にあった「チーズの製造と品質」と題する解説論文の前半分についてご紹介しました。今回はその続きについてご説明いたします。

生産効率

1960年代以前まで、合衆国においてもチーズは伝統的な製法で製造されていました。そのため、カードの状態によっては(特に、ファインカード)カゼインや脂肪の一部をロスすることは珍しくはありませんでした。しかし、凝乳のカット操作が自動化され、大量処理が可能になると歩留は向上しました。また、固形分中の脂肪含量(MG/ES)が50%未満のチーズを作る場合、脂肪の一部を取り除くことが一般的で、その際にカゼインも一部ロスしていました。その後、脱脂する代わりに脱脂乳(還元脱粉、脱脂濃縮乳など)を添加し脂肪分を調整する方法が開発されました。ところが、この方法では乳糖含量が高くなり、その結果過剰醗酵する問題が発生しました。1990年頃から限外ろ過膜(UF膜)が利用されるようになり、水と乳糖を除き、たんぱく質と脂肪を濃縮できるようになりました。この結果、過剰醗酵の問題は解消され製造が安定化しました。さらに現在では、精密ろ過(MF)膜を使って、ホエイたんぱく質やミネラルの一部を取り除き、これらを別途有効利用することが一般的になってきました。

 

包装形態

100年前、チーズは現在のように使いやすい包装形態(スライス、シュレッドなど)で販売されてはいませんでした。大型チーズでは乾燥を防ぐためにコーティングされ、販売前に外皮部分を切り落としていました。2.3-4.5kgの小包装品も市販されましたが、販売店から形を整える(トリミング)ために切り落とした後の正味の重量を表示することが求められるようになりました。小型チーズのトリミングで発生する損耗に比べ、大型チーズでは相対的にトリミングロスが少ないことから、再び大型チーズが見直されました。しかし、大型チーズの場合、水分含量が外側と内側で異なります。組織や風味も異なります。このため、販売店にてお客様がリクエストする大きさにカットし、包装するやり方も再認識されています。

ホエイの処理

チーズを製造するとホエイが出ます。昔はこのホエイを家畜の飼料とする以外は廃棄されていました。しかし、昨今は地球環境保全のため、ホエイを垂れ流すわけにはいきません。膜利用技術が実用化されるようになると、ホエイからたんぱく質や乳糖を分離した様々なホエイ素材が利用されるようになりました(育児用粉ミルクの原料、菓子やパンの副原料、その他)。かっては単なる「副産物」であったホエイは、今では価値を生む素材になっています。チェダーではアナトーを着色剤として添加しますが、色がついたホエイは利用が限定されてしまいます。このため、現在では、まず乳を膜濃縮し、価値を生むホエイたんぱく質や乳糖を分離し、その後にアナトーを加えチーズを製造するといった方法が採られています。

HACCP導入へ

昔はチーズのpHは低いので病原菌は繁殖しないと考えられていました。しかし、だからといって二次汚染の可能性は残ります。そこで、合衆国ではチーズ製造所に対してHACCP(注、危害分析重要管理点)を導入するよう求めています。大工場ではすでにHACCPを取得済みで、それ以外の製造所でも2018年には取得することになっています(注、日本でもチーズ製造所や販売店はHACCPを導入することが求められています。)。

課 題

今後の課題としてJohnson先生は、技術の発展により高品質のチーズを大量生産できるようになったものの、その一方で消費を拡大していく必要があると述べています。そのためには、製造や販売に関わる者がチーズ製造や熟成に関する正しい知識を身につけ、それをお客様に説明することが極めて重要です。また、合衆国における酪農科学の研究や教育の場が減少し、将来深刻な状況をもたらすと警告しています(注、日本も全く同じ危機的状況にあります)。

私マルドは、ヨーロッパの伝統製法はテロワールと密接に結びついた独自の製造技術やノウハウを守る努力の結晶と言えるのに対し、合衆国における大量生産品は、ヨーロッパとのテロワールの違いを技術によって克服する努力の結晶なのではと考えます。しからば、日本の進むべき方向は・・・・。 (完)