世界のチーズぶらり旅

骨董品のようなチーズがあった

2017年9月7日掲載

世界一臭いチーズ?

北フランスチーズの旅の最後は、北部の地域圏の首都、リールに宿をとった。ホテルに到着したときは、短い冬の日はすでに暮れようとしていた。この町に対しては何の知識もないし、夜遅くまでかけて、フランス式のディナーを取るのは難儀なので、近くの店でパンとチーズとワインを調達してホテルの部屋で済まして早めにベッドに入る。
翌日は海岸線近くの新しいチーズ工房を訪れ、この工房で開発された「世界一臭い」というウオッシュ系の新作チーズを試食。その後、大西洋岸の港町ブーローニュで昼食をとった。

​ブーローニュの町

ここはドーヴァー海峡に近い町で、1805年に皇帝になりたてのナポレオンが、イギリスに攻め入ろうと軍を終結させた町だそうだ。しかしその事より、日本初の女性のチーズ熟成士として、フランスから数々の勲章を授与されている久田早苗さんが49歳の時、単身この町でチーズの熟成士の修行を始めた所である。

枯れ木のようなシェーヴル

この町から海岸線を北上すればまもなくカレーの町に至る。ここは私の好きな彫刻家ロダンの傑作を生みだした町として、名前だけは若い頃から知っていた。イギリスとの100年戦争の折に起こった、悲惨なエピソードがロダンにインスピレーションを与え「カレーの市民」という群像彫刻が生まれた。そこから少し行くと、たびたび映画になったナチス・ドイツと連合軍の壮絶な戦闘が行われたダンケルクがある。イングランドに近いこの地は戦争の話が多いのである。

チーズというより石臼

話がそれた。ブーローニュを出てパリに向かう途中、ちょっとしたサプライズがあった。高速道路沿いのArrasという中都市に車は止まった。古い町らしいが、高い建物が少なく美しい町である。ここには有名なチーズの熟成専門のアトリエがあるらしいのだ。赤煉瓦の熟成庫の入り口にはAffineur(熟成)の看板があった。中に入るとフランスの各地から集めたとみられるチーズが、棚に並べられている。小さなシェーヴルから、コンテのような大型チーズもあるが、見てくれは結構すさまじい。しかし、ここで驚くのは早かった。この熟成庫を見た後少し離れたところに案内された。その入り口が昔の防空壕跡といった風情なのだ。ここはダンケルクにも近いことだし、昔掘った防空壕を利用しているのだろうかと思いながら中に入ると、通路になっている10mくらいの横穴には薄汚れた大型のチーズが並んでいる。

究極の骨董品チーズ

そして中に入ってびっくり。どれもチーズというより、苔むした石ころに似ている。穴だらけのミモレットは風化が進んだ岩である。その上、熟成棚にはクモが巣をかけていると言った有様なのだ。これはもうチーズの骨董品だなと思ったが、何を目指してこのような熟成をしているのか、という疑問がわいてくる。かなりの量があるから、定期的に買う人もあるのだろう。そして、その味は?多分相当に凄まじいだろう。さすがにここでは試食はなかった。助かったような、残念だったような不思議な気持ちになって、パリに向けて出発した。