乳科学 マルド博士のミルク語り

戦闘機とカゼイン

2017年6月20日掲載

まるで、「セーラー服と機関銃」(ふるッ!)みたいに違和感のあるタイトルですが、「カリスマフード」(畑中三応子、春秋社、2017)の中に、「カゼインが飛行機の部品を接着するために必要であった」旨が書いてありました。そーなんです。私も若い頃、カゼインが戦闘機の接着剤として使われたことを先輩から聞いたことがあります。

そこで少し調べてみました。北海道新聞(2015年)によれば、北海道江別にあった王子航空機江別製作所にて、木製戦闘機「キー106型」(http://ki43.on.coocan.jp/injapan/heiki4/kaitaku/kaitaku.html)が1944年頃から本格的に製造されるようになったと記載されていました。敗戦確実となった時勢で戦闘機の材料となる金属が極端に不足し、木材合板で機体やプロペラを作り、カゼインは合板の接着に使われたようです。模型飛行機じゃあるまいし、防弾能力など全くない木製飛行機が戦闘機の役目など果たせる訳がありませんよね。それはともかく、カゼイン接着剤を大量に必要としたために、乳業メーカーでは軍の命令により生乳から酸カゼインを製造し、軍に納品していたと私が勤務している乳業メーカーの社史にも書いてあります。

私は若い頃、カゼインの物性を改質させる研究をしたことがあります。その際、先輩から聞いた接着剤に興味を持ち文献を調べました。しかしながら、当時の日本軍が酸カゼインからどのようにして接着剤を作っていたかの資料が見当たりません。恐らく、軍事機密ということで、敗戦時に焼却されてしまったのでしょう。

私の経験では、酸カゼインに少量のお湯を加えてカゼインを膨潤させます。次いで、カゼイン濃度を20%(w/w)程度にしてからカセイソーダを加えてアルカリにします。しばらく温めておくと徐々に粘度が上がり、水あめのようになります。さらに、温め続けるとガチガチに固まります。一旦、固まると元には戻りません(Dosako et al., Agric. Biol. Chem., 43: 803-807, 1979)。恐らく、このような性質を利用して合板を貼り合わせていたのだと推測しています。

何故、このような性質になるのでしょうか。カゼインのアミノ酸の一種であるセリンの一部にはリンが付いています。これをホスホセリン(Ser-P)と呼びます。このSer-Pがアルカリで変化し、他のアミノ酸、例えばリジンなどと反応し、リジノアラニン(LAL)という新しいアミノ酸誘導体になります。LALはカゼインの濃度が低いと個々のカゼイン分子の中で生成しますが、カゼイン濃度が高い場合には分子間に生成し、カゼインを架橋します。このようなLALによる架橋が多数のカゼイン間に生成するとカゼインはゲル状となります。なので、接着剤として利用できるのではないかと推定しています(図 参照)。

ALの生成は、牛乳を加熱殺菌するプレート殺菌機の洗浄が不十分な場合にも生成する可能性があります。工場では酸やアルカリ洗剤を流してプレート内部を自動的に洗浄(CIP)しますが、洗浄が不十分で、わずかなアルカリが残ったまま加熱するとLALが生成し、プレート内部にこびりつくことがあります。なので、アルカリが残らないように十分に水で洗浄することが大切です。

ちなみに「カリスマフード」は肉、乳、米に関する食文化を、多数の文献を読み込んだうえで分かりやすく書いてあり、大変興味深い書物です。興味ある方は是非ご一読することをお勧めします。