世界のチーズぶらり旅

コルシカ島の背を超えて

2013年10月1日掲載

コルシカ島北部の風景

 チーズ工房の朝は早く午前中が勝負である。今日は首都アジャクショから、コルシカ島の背を超えて、東側にわずかに広がる海沿いの平地にあるチーズ工房を訪ねる日だ。コルシカ唯一のAOP(EUの原産地名称保護)指定のチーズ、ブロッチューの製造現場を見るためである。ブロッチューについて少し説明しよう。普通のチーズはミルクが原料だが、ブロッチューはイタリアのリコッタと同じく、ミルクを凝固させたときに残るホエー(乳清)が原料だ。ホエーの中にはまだレンネット(凝固剤)で固まらない蛋白質が残っている。とくに羊乳の場合は牛乳の3倍程残る。これをホエー蛋白といって熱をかけると固まる性質がある。だから、チーズを造った時大量にでるホエーを90℃くらいに熱し、固まって浮かんでくるものを掬い取ったものがブロッチューだ。リコッタと製法は変わらない。

ブロッチューの型入れ

出発は早かったのでホテルで朝食の弁当を用意してもらいバスに乗り込む。街を抜けるとすぐに木立の中の曲がりくねった山道にかかる。高度が上がるとマキと呼ばれるコルシカ特有の灌木帯に入る。やがて島の中央部にある標高千m余の峠を越える。そこには文字通り峠の茶屋があり、その茶屋で休憩をとり濃いエスプレッソで眠気を飛ばしたら出発だ。コルシカ島には標高の高い山中の斜面に割合大きな村がある。平地が少ないという事情もあるが、これはかつて中世の時代に度々襲ってくる海賊を避けて山中に村を作った名残だという。断崖の縁に建つそんな村をいくつも通りぬけていく。

生ハムの熟成

曲がりくねった道に時間を取られやっと東側の海岸に出たものの、はてチーズ工場の場所がわからない。やっと探し当てた頃は、ほとんど作業は終わっていたが、ホエーでつくるブロッチューの最終工程の型入れは辛うじて残っていた。熱したホエーの表面に浮かんでくる蛋白質を孔あきお玉ですくってプラスティックの籠に入れて水分を切るのである。でき立てのブロッチューはフレッシュで甘くてうまい。普通リコッタはフレッシュで食べることが多いが、コルシカのリコッタというべきブロッチューには熟成させるタイプもある。

見事なシャルキュトリーの盛り合わせ

さて、チーズ工房の訪問を終えて次なる目的は、北部の山間の小さな村で、革新的なシャルキュトリー(Charcuterie=豚肉加工品)を作っているというアトリエである。海岸線を北上していくと右手に小さな島影が見える。ガイドは、あれはナポレオンが流されたエルバ島だといった。ナポレオンが生まれたコルシカから50km弱の距離である。車は間もなく左に折れて細い山道にかかる。北部の山には喬木はなく灌木帯に覆われ色とりどりの小さな花が咲いていた。山道を10kmほど走るとMuratoという山間の、バスの駐車もままならない小さな村に到着。そこにはビストロを併設したシャルキュトリーのアトリエがあった。ここの経営者はまだ40代と思われる職人で、彼は伝統的な生ハムやソーセージは塩がきつすぎるという。そこで塩を控えて穏やかな味わいの製品を作った。それはそれほど簡単なことではないらしいが、その味が次第に認められ、今ではフランス本土の三ツ星レストランからの引き合いも多くなっているという。その時そのアトリエには偶然、日本人の気鋭のシェフ松島啓介氏がきていた。彼は25歳の時、ニースにレストランを開き3年後の2006年にミシュランの一つ星を獲得する。この松島シェフも、この職人のシャルキュトリーに注目しているようである。

ブロッチューのオムレツ

ハム類の熟成庫の見学を終えるとちょうど昼時。同じ建物のビストロで、まず自慢のシャルキュトリーの盛り合わせから始めた。4種類の生ハムと一種類のサラミが木のボードには載ってやってくる。ハムは深紅のバラ色で、しっとりとしていて脂身が甘い。なるほど柔らかい塩加減ながら旨味は充分ある。コルシカワインとの相性もいい。生ハム狂いの私としては実に幸せなひと時である。この後は念願のコルシカ名物のブロッチューのオムレツをオーダーした。