世界のチーズぶらり旅

マダムが守るチーズ工房

2011年1月4日掲載

フランスのアルザス地方の旅といえば、美しい村々と美食の記憶が残っている。大理石模様のフォワ・グラのパテ、たっぷりのシュー・クルート、個性的なワインなどなど。

ヴォージュ山中の牧場

マンステル・チーズを訪ねる旅に上ったのは初冬の頃で、ヴォージュ山脈の稜線はうっすらと冠雪していた。到着した日は実に穏やかな晴天で、なだらかに広がる、葉をすっかり落とした葡萄畑では、高級ワインの原料となる遅摘みのぶどうを収穫する人々の姿が見えた。

まだ薄暗いうちにホテルを出発。一面霜に被われた樫の落ち葉を蹴散らし、四輪駆動車は、マンステルの谷の谷の道を、ヴォージュ山脈の尾根を目指して登っていく。さほど高くないヴォージュの尾根付近でケンプさんという主婦がご主人と牛を飼いマンステル・チーズを造っている。

反転しながらチーズの形をつくる。

山頂に残る雪が朝日に染まる頃、やっとケンプさんの工房に着いた。工房と家畜小屋はかなりの傾斜地に建っていて、林檎の木が実をいっぱい付けていた。すでに乳搾りは始まっている。旦那様が外回り、チーズ造りは奥さんの役割という、ヨーロッパ伝統のスタイルを守ってチーズを造っている。

朝搾りのミルクが工房に届くと、マダムは白い作業服をきりりと着こなし、一人でチーズ造りをはじめた。夜の牛乳に朝搾ったのを合わせて釜に入れて温め、レンネット(凝乳酵素)を加え牛乳が固まったら、ピアノ線を張ったカッターで2cm角ほどにカットしホエー(乳精)の排出をうながす。

自作のチーズを売るケンプさん

それを独特な道具で汲み上げて型に詰めていく。簡単なようだが、ミルクの様子を見ながらの作業で、美味しいチーズを造るためには、経験と技術が必要で、彼女はおばあさんから教わったそうである。型入れと反転が終わると、昨日のチーズに塩を付け、午後には地下の熟成庫に降りてチーズの面倒を見る。その間に子供達に朝ごはんを食べさせ学校に送りだし、我々に自作のチーズを御馳走してくれた。

マダムの仕事はこれで終わらない。毎週土曜日になると山を降り、谷の入り口にあるマンステルの町の広場で自作のチーズを売る。彼女のチーズは評判らしく、午前中には売り切れてしまうほどである。 猛烈な勢いでおしゃべりしながら、身のこなしにムダがなく、手は片時もとまらない。フランスの文化的遺産ともいうべき古典的なチーズは、このような真摯な農家のおかみさんの手によって守られてきたのだな、という感を深くした。そして、マダム・ケンプのマンステルは、ウオッシュタイプのチーズにもかかわらず、上品でミルクの深い香りがまさっていた。