ヨーロッパに無数に存在するチーズという食べ物は、日本でいえば漬物の様な物、といえばいぶかる人は多いでしょうか。確かに漬物とチーズでは原料からして違うし、味や食感も違う。でも食材を保存するために考え出された発酵食品であること、乳酸菌を利用する事、地方色が豊かな点などは似ていますね。また漬物もチーズも、かつては女たちが作ってきたことも同じです。
たかだか半世紀前まで、日本でも冬が厳しい地方では、冬には野菜がなくなるので、どこの家でも秋口になると一家の主婦が指揮をとり、ひと冬食べる大量の漬物をつけたのです。マニュアルなんてないから、漬ける人によって様々な味の漬物が生まれたのです。かつて日本にも韓国のキムジャン(キムチを漬ける日)のような行事があったのですが、いま漬物を漬ける家庭は少なくなり、ほとんどがスーパーなどで買ってきますね。
昨年翻訳出版された「チーズと文明」の中に、ヨーロッパの中世の荘園で働くデアリー・ウーマン(日本語訳は、乳搾り女)という女性のチーズ職人が登場します。後に修道士もチーズを作るようになりますが、彼女たちは千年以上も前から領主の農場に雇われ、あるいは自家農園で乳を搾ってチーズを作ってきました。カマンベールを発明したのも農家の主婦という事になっていますが、こうした伝統はヨーロッパ各地に残っていて、家畜を飼い乳を搾ってチーズを作る、いわゆる農家製のチーズは、今も女性が作っている場合が多いのです。 しかし、近代になってチーズ作りも科学的になり、機械化されると乳搾り女の領域に男性が入ってくるようになり、今や工場では男性が主役になってきています。
そうした中で数年前、ポルトガルチーズを探る旅で驚いたのは、中規模のチーズ工場の職人全員が女性という所もありました。ポルトガルのチーズは、日本ではなかなかお目にかかれないけど、他のヨーロッパにない個性的なチーズが沢山ありました。ポルトガルに行って初めて訪ねた、南東部の古い街エヴォラ郊外のチーズ工房では、十数人のチーズ職人が全て近所のおばさんらしい中年の女性でした。その中におそらく80才くらいかと思われるおばあちゃん職人がいて、思わずシャッターを切りました。白い作業服を着こなした姿は実にかっこいいのです。彼女たちが作るチーズは古い伝統を持つエヴォラというチーズでした。
更にはポルトガル中部のエストレーラ山脈中腹の工房には男性の姿は見えず、10人足らずの女性だけで伝統チーズを作っていました。このように古い伝統チーズは、何百年もの間、「乳搾り女」たちによって受け継がれてきたのです。セーラ・ダ・エストレラという、側面にサラシを巻いて熟成させるこのチーズは、上部の皮を取るとトロリととろけた、夢見るような中身が現れ、そのクリーミーで濃厚な味わいに皆口数が少なくなりました。 ヨーロッパのチーズ作りの現場を回って、ポルトガルほど女性のチーズ職人が活躍している所を見るのは初めてでしたが、チーズ作りは古来より女性の仕事であったという、資料で知った知識を改めてチーズ作りの現場で確認したのでした。