本年(2024年)10月に開催された「Cheese Fun! Fan! Fun!」ではさまざまなコンテンツがあり、会場の展示も楽しんでいただけたと思います。
日本チーズの歩みを示す展示の中には、「1970年代に始まった挑戦」というパネルがありました。大手乳業だけでなく、ヨーロッパのチーズ造りを学び体現する先駆者が現れた時期です。そのパネルには、当時の作り手が参考にしたであろう書籍の写真が紹介されていました。

その中でもっとも古いのは『理論・實際 牛乳加工法』(前野正久・大條方義著 朝倉書店 1950)です。
戦後しばらくして出版ラッシュとなり、求められるものはどんどん書籍化されていく時代、乳化学や製造技術の本も多く出ていました。この本は「酪農の成否の一端は、酪農家が生産する牛乳の利用が巧妙であるかどうかに懸かっている」として特に製造技術を解説したものです。
前半の飲用乳や練乳よりも後半のバターとチーズが手厚いのは、後半を担当した大條方義先生(日本獣医畜産大学教授)によるところが大きいと思われます。大條先生はレンネットやカゼインに関する研究論文を多く残され、日獣大に畜産物利用の研究室を開設された方です。チーズの章は乳酸菌、レンネットについて特に力が入っていて、力価測定法など当時の見識が興味深いところです。仔ウシの第四胃からレンネットを調製する方法など、他では見たことがありません。

パネルでは紹介されませんでしたが、乳製品に関わる大学の研究室や乳業メーカーでよく使われていた参考図書に『乳業技術便覧』(祐川金次郎著 酪農技術普及学会 1963、最新改稿版1976)があります。当初は3巻組で出版され、「最新改稿版」では上下2巻組となりました。
祐川金次郎先生は雪印乳業の研究所から帯広畜産大学の畜産物利用学教室教授となった方です。「酪農、乳業も停滞傾向を示していることから(中略)省力化、合理化をはかり消費向上に結びつける」とし、近代設備による製造を解説しています。
多くのデータを掲載した乳業全般の概論的大著でありながら、製造機器の図解などはわかりやすく、興味深いものです。おそらくは雪印乳業の、ポイントをおさえたチーズ製造現場の写真もとてもわくわくします。

そして、パネルでも目立つ位置に紹介されていたのが『実務必携 乳業技術綜典 諸図表計算』(林弘道編監修 酪農技術普及学会 1977)でした。
林弘道先生は、やはり雪印乳業の研究所から東京農業大学へ転じ、食品工学や技術史に関する研究や教育に従事されました。出版当時は雪印乳業技術研究所・札幌研究室長であり、他の執筆者13名もすべて雪印乳業の技術者でした。
副題の通り、図表を多用して理論を解説し、現場で必要な計算方法を細かく示しています。チーズについては、各タイプの製造工程や分析値の比較がおもしろく、「製造上の問題点」では苦味や膨張の原因と対策など、現在でも十分参考になる記述がたくさん見られます。
この『便覧』と『綜典』、何度かチーズ工房さんの書棚にあるのを目撃したこともあります。
ぼくも学生時代に研究室で競うようにこれらを読んだことで、見知らぬチーズへの興味が深まりました。チーズの章は特に小口が汚れて色が変わっていたのをよく覚えています。でも学生には専門書は高価で、研究室か図書館で読むものであり、自分で入手するなど考えたことがありませんでした。
あれから幾年月、気づけば古本が格安で販売されていて、ぼくが『乳業技術綜典』上下巻セットを購入したのは2010年代のことでした。ネットオークションで500円程度とは、ちょっと複雑な気分でした。