9月6日の金曜日、今年も「酪農科学シンポジウム」が聖栄大学にて開催されました。このシンポジウムは「酪農科学会」が主催し、原則として会場となる大学で酪農科学を研究している先生が大会長となります。乳・乳製品の構造や物性、製造技術、栄養生理機能、おいしさ、調理、歴史など広範な科学を網羅しており、我々チーズ界にとって極めて重要で有用な学会です。しかしながら、8月20日の本コラムでちょこっと述べたように、トクホ制度の発足に伴い、酪農科学系の大学でも乳・乳製品の微量成分や乳酸菌の健康生理機能の研究に力点が移り、酪農科学シンポジウムにおける発表も健康生理機能に関連した研究発表が大半を占めるようになりました。
しかし、今回は大会長である谷本守正教授のお考えで健康機能分野のみならず、本来の酪農科学の全体について発表し、議論する内容となりました。口頭およびポスターの演題一覧を表に示しましたが、「分野」は筆者が独断で判断しました。昨年までは加工・おいしさ分野の発表数は概略1/5~1/4程度だった気がします(確かではありません)が、今年は半数以上となっています。
今回の発表ではまず鹿児島大学名誉教授で、カゼイン研究の第一人者である青木孝良先生が基調講演としてこれまでのカゼイン、特にカゼインミセルの構造に関する研究の流れをお話されました。皆様も概要はご存じのことと思いますが、あらためて伺うとより理解が深まりました。
筆者が興味深かった発表はカゼインミセルの構造に関する2番目と3番目の発表です。現在世界的に受け入れられているカゼインミセルの構造は“ナノクラスター説”です。リン酸カルシウムで構成される微小集合体(ナノクラスター)がカゼインやカゼインの会合体をつなぎ、安定なミセルを形成しているという考え方です。高木先生は中性子小角散乱法という方法で中性子をカゼインミセルにぶつけ、得られたデータを解析した結果、ナノクラスター説だけでは説明できず、ミセル内部に水の通り道(チャネル)が存在すると仮定すると、うまく説明できると発表されています。一方、藤井先生は光学顕微鏡で得られた乳の写真を撮るとミセルは見えないのですが脂肪球は撮影できます。脂肪球はブラウン運動により動き回るのですが、その動きはカゼインミセルの存在により影響を受けます。なので、非常に短い時間間隔で連続写真を撮り、時間ゼロとの差を測れば脂肪球の動きが分かります。カゼインミセル表面には電荷を持つ領域や疎水的な領域があることからこれらを考慮してどのようなモデルが導き出せるのか興味深いです。
高温加熱した乳からはしっかりとしたチーズカードができないことは皆様もご承知のとおりです。4番目とP8,P9の発表はこの現象を解明するための研究です。ホエイたんぱく質の加熱変性と加熱変性ホエイたんぱく質が結合したκ-カゼインがミセルから解離することが分かっていますが、それが何故なのかは分かっていません。これら3件の発表はこの謎解明に果敢に取り組んだものです。解明が進めば、脱脂粉乳とバターからチーズが作れるようになることが期待されます。脱脂粉乳は大量の在庫を抱えており、乳等命令では生乳だけでなく、脱脂粉乳など”乳製品”を原料に使っても構わないことになっています。
他にも興味深い発表が多数ありました。来年は日本大学(藤沢市)(大会長 川井先生)で開催される予定です。関心ある方は参加されることをお勧めします。
「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。
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