乳科学 マルド博士のミルク語り

生乳を加熱すると・・・

2024年1月20日掲載

先日(2023/11/19)行われたC.P.A.セミナー「日本のチーズの未来を語ろう」(白糠酪恵会、井ノ口和良氏)は大変示唆に富んだお話で感銘を受けました。この話の中で、チーズ乳のカルシウム濃度はヨーロッパの生乳に比べやや低いので若干カルシウムを補強しているとの話がありました。お聞きになった方の中にはエッと感じた方もいらしたのではないかと思います。しかし、チーズ乳にカルシウムを補強することは珍しいことではありません。工房さんでも、乳業メーカーでも行われています。

図1

何故カルシウムを補強するのでしょうか。加熱しない場合に比べ、加熱殺菌するとレンネット凝固が遅れる傾向があるためです。ソレは何故?
生乳を低温殺菌すると一部の可溶性カルシウム
(カゼインに結合しているカルシウムではなく、ホエイ中に存在しているカルシウムイオン)がカゼインミセルに沈着します(図1)。図1は70℃で加熱した場合ですが、数分で30%程度の可溶性カルシウムが減少しています。

図2

可溶性カルシウムが減少するとレンネット凝固が大幅に遅れるのです(図2)。すなわち、レンネットの凝乳活性は可溶性カルシウム濃度が影響するのです。
別の可能性も報告されています。加熱するとホエイたんぱく質が変性し、カゼインミセルの疎水領域と相互作用したり、κ-カゼインとS-S結合したりします。このような現象により凝固性が低下する可能性があります。その理由は難しいのですが、ホエイたんぱく質は疎水性領域が内側、親水性領域が外側にある球状たんぱく質ですが、加熱により変性して疎水性領域も外側に露出します。

図3

ここで露出した疎水性領域がカゼインミセルの疎水性領域に結合するとミセルミの疎水性が減少し、親水性が増します。そのため、レンネットによりκ-カゼインの親水性領域であるCMP(カゼインマクロペプチド)が切り出されてもミセルの親水性が疎水性領域を上回っており、レンネット反応が進行しカゼインミセルの疎水性が上回るまで凝固が遅れるのです(図3)。但し、加熱温度や時間でホエイたんぱく質が結合する割合は異なります。そのため、UHT殺菌された一般的な飲用牛乳ではレンネット凝固が起こらないのです。

また、チーズ製造では直接関連はありませんが、高温殺菌すると乳からκ-カゼインが遊離してきます。何故、κ-カゼインの一部がカゼインミセルから遊離するのかについてはまだよく分かっていません。しかし、κ-カゼインがカゼインミセルから遊離してもカゼインミセルは沈殿しません。これも図3に示した概念が関連しているのではないかと筆者は考えています。さらに、これまで、カゼインミセルはその表面に存在しているκ-カゼインによって安定化されていると考えられてきましたが、最近ではカゼインミセルの安定性はκ-カゼインだけでなく、他の要因も影響していると考えられるようになってきました。研究がさらに進展することが期待されます。

 


「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。

ⒸNPO法人チーズプロフェッショナル協会
無断転載禁