世のロングセラー絵本には、家畜が登場するものも数々あります。そんな中で、もっとも有名なヒツジといえば「ぱたぽん」でしょう。
『まりーちゃんとひつじ』(ランソワーズ作 与田準一訳 岩波書店 1956)
お話はまりーちゃんとヒツジのぱたぽんの会話から始まります。「おまえはこどもを一ぴきうむでしょう。そうしたら毛をうってなんでも買えるわね」「二ひき産むかも」「三びきかも」「そしたらいろいろ買えるわ」と、まりーちゃんの空想はふくらみます。ぱたぽんはその都度「ええ、こどもができるでしょう。でも原っぱにお日さまがキラキラしているからなにもいらないわ」と冷静に答えます。結局ぱたぽんは一匹の仔ヒツジを産み、毛はたいしてとれませんでしたが、まりーちゃんはうれしそう。楽しい空想と美しい草原で暮らす喜びの対比がリズミカルです。
もう一話『まりーちゃんのはる』も収録されており、表紙でまりーちゃんが泣いているのはこのお話のなかでアヒルの「までろん」が迷子になってみつからなかったためです(ぴえーるくんの家で見つかります)。
作者は「フランソワーズ」とされていて、アメリカの原作でも「by Françoise」とクレジットされています。フランソワーズ・セニョーボ(Françoise Seignobosc 1897-1961)という女性で、フランスに生まれパリの美術学校で学び、アメリカに移住して活躍した絵本作家です。
南フランスの農場の暮らしを描いたものが多く、「アメリカ絵本の黄金時代」といわれる1930-1960年代に数多くの絵本を制作しました。
まりーちゃんシリーズには、ヒツジのぱたぽんは必ず仲良しの相棒として登場します。
『まりーちゃんのくりすます』(与田準一訳 岩波書店 1975)
『まりーちゃんとおおあめ』(きじまはじめ訳 福音館書店 1968)
『まりーちゃんとおまつり』(ないとうりえこ訳 徳間書店 2005)
いずれも、自然の美しさや日常と非日常のあわいに喜びを見出すお話といっていいでしょう。
ちなみに「ぱたぽん」はアメリカ版の表記でもPataponです。フランス語で「小さい子ども」のような意味があるそうです。まりーちゃんは実はJeanne-Marie、お友だちの色男ぴえーるくんはJean-Pierreです。作者名・登場人物名も含め、南フランスの情緒がアメリカでうけたのでしょうか。
フランソワーズ作の絵本は他にもたくさんあり、翻訳もされています。『わたしのすきなもの』、『ロバの子シュシュ』などは名作といえるでしょう。
しかしぼくがここでもう一つ紹介するなら、迷わず『みみちゃんとやぎのビケット』(ないとうりえこ訳 徳間書店 2003)を選びます。
病気で元気がないみみちゃんのため、ヤギのビケットは赤い上着を着せられて汽車に乗ってやってきました。みみちゃんはビケットのミルクを飲み、いっしょに遊んですっかり元気になります。健康のためにヤギを飼育する、というとまるで「山羊サミット」の事例紹介のようですが、楽しいお話です。ヨーロッパでは1950年代に「ヤギは貧乏人のウシ」といって農家で自家用に飼うことが増えたそうですから、そんな世相も表しているのかもしれません。
徳間書店版は新訳による復刊です。旧版の『やぎのビケット』(曽野綾子訳 講談社 1971)は絵が反転になっているところが気になるのですが、違った趣のある翻訳です。