『チーズのある風景』(出版文化社 1996)は、世界各地での体験からチーズと食文化を語る、和仁皓明先生による名エッセイ集です。
食に歴史や美術、音楽、文学についてのイメージを重ねていくのところが、粋な教養人・和仁先生らしいところです。これは雪印乳業(株)の広報誌「SNOW」の連載(1992~1995)をまとめたものでした。
これが『美味しさを訪ねて 世界の旅 ─出会いとディーセントな食レポ─』と改題され、電子書籍となりました(22世紀アート出版 2021)。旧版に収録されていなかった話題が12本も追加されましたので、本を持っていてもダウンロードする価値は十分ありますね。
楽しい食エッセイというと他にも『アンコウはアヒージョで 八十五歳の美味しい台所』(角川書店 2017)があります。朝日新聞山口版の連載をまとめたもので、旬の食材を一工夫して楽しむ様子に、こちらもうれしくなって一杯やりたくなります。チーズも何度か登場します。
和仁皓明(1931-2023)先生は、雪印乳業で多くの製品開発を行いましたが、初めに品質管理を担当したことで「おいしい」とはどういうことか、と深く考えることになったのだそうです。品質としての「おいしさ」を数値化することについて、『牛乳・乳製品検査』(乳業技術講座編集委員会編 朝倉書店 1964)で「官能検査法」の章を執筆担当され、分析型と嗜好型にわけて緻密に解説されています。
さらに「食文化を科学的に体系化する」というテーマを根底に持って広く研究してこられました。
『食と文化の栄養人類学 —ヒトは何故それを食べるか』(ポール・フィールドハウス著 和仁皓明訳 中央法規出版 1991)は、食文化を幅広く考察する名著です。「食」が「文化」としてとらえられるようになって間もない当時、和仁先生が強い共感をもって翻訳されたことが伝わります。食文化を体系的に考察するならば広く学際的分野を対象としなければならないのだ、という、決意表明とも思える「訳者あとがき」にも感銘をうけます。
『食文化入門』(石毛直道・鄭大聲編 講談社 1995)も食文化を広く解説し、大学の教科書としても使用されました。和仁先生は幅広い内容で4節を担当されています。
もちろん、乳文化に関する著作も多くあります。雪印乳業健康生活研究所で出された成書については以前とりあげました。
『牧野のフロントランナー —日本の乳食文化を築いた人々』(デーリィマン社 2017)は業界誌「乳業ジャーナル」の連載を編集したもので、日本の酪農乳業産業の先駆者を幅広く描いています。
『近代日本の乳食文化 —その経緯と定着』(江原絢子・平田昌弘・和仁皓明編著 中央法規出版 2019)では、日本の食文化に乳が受容され定着していく姿を12名の研究者が論じています。和仁先生は「チーズは日本人の心の伴侶たりうるか」と題し、チーズという異文化導入と受容を考察します。小学唱歌など西洋音楽体系の受容を例示しているところがまた、和仁先生らしいところなのです。
こうしてたくさんの著作を振り返るにつけ、ぼくも和仁先生を見習ってもっと幅広く興味をもって学び、人生を楽しんでいきたいと感じています。