フランスの国の形をおおざっぱに言えば五角形。南部のスペインとの国境線にはピレネー山脈が、そして南東部のイタリアとの国境にはアルプス山脈があるけれど、フランスの中央部から北部にかけての内陸部には際立った山はない。ただ、南部には中央高地といわれる山地はあるが、そこには鉄道などの交通機関はなく、今も過疎が進行している地域だという。だが、この過疎地には我々チーズ・ハンターにとって必見の地域がある。まずはこの中央高地南部の巨大な岩山にしがみつくようあるロックフォール村である。ここには世界中からチーズ好きの旅人がバスに揺られてやってくるが、宿泊施設などは無いらしく、岩山の洞窟に眠るロックフォールを見学し、試食が終わるとみなすぐに帰ってしまう。だが、21世紀世紀に入ると、このフランスきっての過疎地の難所に、世界一高いとわれるミヨーの吊り橋ができ、短時間で中央高地を北に向かって縦断できるようになる。それによって、南フランスをめぐる我々のチーズ・ツアーも、その奥地でローマ時代から造られていたという、カンタルやライオルなどのチーズの産地を訪問することができたのである。
まずはこの中央高地の中ほどに、カンタル(Cantale)、ライオル(Laguiole)、サレール(Salers)という、ハード系のチーズがある。これ等のチーズはフランスの他のチーズにはない形をしているのに気付いただろうか。フランスの山のチーズやスイスのハード系の大きなチーズはみな「円盤型」だけれど、これ等のチーズは石臼のような「円柱形」をしているのである。同じ形をしているのはイギリスのチェダー・チーズだが、これ等のチーズは円盤形のそれとは加塩方法が違っている。円盤型のチーズの場合は成型した後に表面から塩を擦り込んだり塩水に浸したりして加塩するが、カンタルなどの円柱形のチーズは、カード粒に直接塩を混ぜ込んでから成型するのである。
さて、これから訪れるライオル村はチーズと同名の村であり、ソムリエ・ナイフ発祥の村でもある。現在はこの村でナイフは作っていないようだが、街中にはナイフの店が立ち並んでいた。そして、近くには近代的なチーズ工場があり、村と同名のLaguioleチーズを作っている。だが、この村のチーズの話は以前この欄で触れたので、今回はチーズではなくこの村の東方1.5kmの牧場の中にある、世界に知られているフランス料理の名店、ミッシェル・ブラスについて少し書いてみよう。
この店はライオル村から、農道というか放牧牛が付けたケモノ道?を東に行った全く人家の無い牧場の中にあり、1999年にミシュランの三ツ星を獲得したという異色の名店だ。だが、私はこういう有名店は苦手だけれど、このかなり大きなレストランは交通手段の無い場所にあるというので行く気になった。
古典的なフランス料理の味もろくに知らないのに、20世紀の後半に出現したヌーヴェルと称する新しい料理はますます分らない。でも、同行のおばさま方は三ツ星が大好きなので大はしゃぎ。そんなわけで、このレストランに渋々同行した。だが案の定、少量ずつ出される料理は非常に繊細で美術品のように美しく盛られているけれど、何やら難しそうで食欲を刺激しない。その上、それぞれの料理の量が少ないので、早食いの筆者にはプレッシャーであった。という訳で、当時、世界にその名を知られていた、この名店の料理の味はほとんど覚えていない。唯一の救いは、最後に、熱いマッシュ・ポテトと若いライオール・チーズで作るアリゴ(Aligot)という郷土料理が出てきた時である。この時は本当にほっとしました。この料理は、この土地の修道院が巡礼者の空腹を満たすために考えられた即席料理だったという。
※この牧場の中の三ツ星の名店の経営者ミッシェル・ブラス氏は、その子息に店の経営を任せるにあたり、これまで守り続けてきたミシュランの三ツ星を2019年に返上している。
■「世界のチーズぶらり旅」は毎月1日に更新しています
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
*禁無断転載