チベットはヒマラヤ山脈の北側に位置し、平均標高は4000m近いという広大な高原です。高い標高に適応したヤクが飼われており、乳製品が食品としてとても重要です。
彼の地の牧畜や乳利用については、平田昌弘先生『ユーラシア乳文化論』(2013岩波書店)などで読むことができます。しかし、専門書ではなくとも数多く出ている紀行文などのチベット関連図書には、当然のようにバター茶やチュラーと呼ばれる乾燥チーズなど乳に関する話題が登場します。そんなチベットの牧畜や食文化も垣間見られる書籍を紹介します。いずれも読む者を驚愕させる冒険譚です。
かつては日本からみるとチベットは訪れることのかなわぬ秘境であり、1950年代までにチベットの首府であるラサを訪れた日本人は10人しかいないとされています。
その第1号は河口慧海という僧でした。チベット語の仏典を求めて1899(明治30)年に旅立ち、インド、ネパールを経由して4年かけてラサへ到着します。慧海の旅行記は帰国後に『西蔵旅行記』のタイトルで出版され(1904)、その後『チベット旅行記』として何度も出版されています。山や河を越え、ヒツジ2頭を伴に雪中を歩くそのきびしい旅には圧倒されます。現在では講談社学術文庫の5巻組(1978)や上下巻組(2015)、白水Uブックスの上下巻組(2004)で読むことができますし、伝記や研究書も多く出ています。
昭和時代には、第二次大戦末期に諜報活動で内モンゴルからチベットに向けて旅をした二人の手記があります。『チベット潜行十年』(木村肥佐生著 毎日新聞社1958、中公文庫1982)と『秘境西域八年の潜行』(西川一三著 芙蓉書房(上・下・別巻)1972、中公文庫(上・中・下)1990)です。二人はほぼ同時期に、それぞれがモンゴル人に扮してチベットへ向かい、ラサで終戦を知ります。その後、ともに1949年にインドで逮捕されるまで旅をつづけました。
昨年(2022)、西川一三を描いたノンフィクション『天路の旅人』(沢木耕太郎著 新潮社)が出版され、NHK「クローズアップ現代」で取り上げられるなど話題になりました。これを読んでから改めて手記に戻ると二人の性格や視点の違いもわかりやすく、興味深いと思います。
平成以降のチベット本として、「前世はチベットの鳥」だという渡辺一枝さんの著書をあげておきましょう。『チベットを馬で行く』(文藝春秋1996、文春文庫2003)は、著者と現地の人々の気持ちの伝わる、ともに旅するような魅力のある紀行文です。現地の生活のようすが伝わる写真満載の『バター茶をどうぞ 蓮華の国チベットから』(渡辺一枝 クンサン・ハモ 文英堂2001)もおすすめします。
中国によるチベットの支配によるさまざまな問題についても数多くの本が出ています。他の多くの地域同様、注視していかなくてはならないと思います。あこがれの地であり続ける彼の地の平安を祈ります。