乳科学 マルド博士のミルク語り

オーストリアの岩塩洞窟から発見された人糞から2700前に食べたブルーチーズの痕跡

2021年12月20日掲載

オーストリアのアルプスにハルシュタットという昔岩塩を採掘していた洞窟があります。これを調査していたイタリア人研究者チームがいくつかの人糞を採取したところ、2700年前の人糞からPenicillium roqueforti(ブルーチーズに使われる青カビ)のDNAが含まれていることを見出し、ブルーチーズを食べていた可能性があると報道されました。読んだ方もいらっしゃるかと思います。このニュースを読んで興味を持ちました。何故ならば、2018年2月1日のコラム(ブルー・スティルトン誕生の謎)にはロックフォールは約2000年の歴史があると紹介されていたからです。このニュースが正しければロックフォールより約700年前にすでにブルーチーズが作られていた可能性があるわけです。
そこで、ニュース源となった論文
(Maixner et al. Cur. Biol. 31: 1-14, 2021)を検索しダウンロードしました。論文はちょっと斜め読みしただけでは分子生物学や考古学の素養がないマルドには難しくてまるど分かりません。それでも何とか理解した要点は以下のとおりです。
ハルシュタット岩塩洞窟はオーストリアのユネスコ世界遺産内にある岩塩層で年間を通じて8℃に保たれ、チーズの熟成に適しています。糞便試料は岩塩洞窟内にある採鉱時代が異なる4種類、すなわち#2610 BC1121~BC1301の便、#2604 BC545~BC650の便、#2611 BC544~BC652の便、そして#2612 AD1720~AD1783の便です(図参照)
便のDNA解析を実施した結果、当時の鉱夫の食事は穀物、種子、果物など炭水化物が多く、たんぱく質は豆より摂取していました。この食事パターンは非西洋人のそれと類似しています。
#2604の試料のみからPenicillium roquefortiSaccharomyces cerevisiaeのDNAが検出されました。Saccharomyces cerevisiaeはビールなどに使われる酵母の一種です。#2604の便に含まれていたロックフォルティは確かに2700年前の株ですが、現在のロックフォールで使用されている株ではなく、ロックフォールではない別のブルーチーズに使われた株でした。たまたま、チーズとは別に食べた、あるいは体内に侵入した青かびが便にコンタミしたものではないことも確かめられました。しかし、ブルーチーズに使う青かびは通常パンを使って培養します。そのため、青かびだらけのパンを食べた可能性は残されているのではないかと思慮します。ということで、若干の疑問は残りますが、2700年前にロックフォールとは別のロックフォルティ株で作られたブルーチーズが食べられたことは確かなようです。
しかし、もう一つ疑問があります。何故、#2604の人糞からのみロックフォルティのDNAが検出されたのでしょうか?採掘時代が近い#2611や18世紀に採掘されていた場所から採取された#2612からは検出されていません。2018年2月1日のコラムによれば、ゴルゴンゾーラは1000年以上の歴史があるそうです。なので、#2612にもロックフォルティのDNAが検出されても不思議ではありません。ひょっとしたら、#2604が採取された場所付近は実際にブルーチーズの熟成庫として利用されていたのかも。だとすると、ビールを飲みながらブルーチーズを食べて談笑する2700年前の塩まみれになった鉱夫たちの姿が目に浮かびます。


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