(1)ミルクを貰う動物達
これまで40年ほどヨーロッパを中心にチーズ造りの現場をカメラでとらえてきたが、その数は数万点に及びます。その写真を使いこのフォトエッセイを連載し始めてからもう20年になろうとしているけれど、これまで使われた写真はほんのわずかなのです。特に、チーズ工房内の写真は出番が少ない。そこで、改めて普通の人にはあまり見ることができないチーズ造りの現場写真をこのコーナーでお見せし、チーズを理解する参考になればと願い、このシリーズを始めます。何回になるか分からないけど、とりあえず出発しましょう。
まずそこには乳があった。聖書の書き出しのようだけれどチーズの元は言わずと知れた動物のミルクです。ヒトは有史以来哺乳動物を家畜化しその乳を写真②ように手で搾り取り利用してきました。筆者は北海道の開拓酪農の出身ですが、当時もまだ写真のような手絞りの搾乳が残っており、20世紀後半まで普通におこなわれていたのです。ヤギやヒツジなど草食の動物を飼育しその肉や毛、乳などを利用する牧畜という生活様式が生まれたのは、今からほぼ1万年という遠い昔で、その場所は「チーズの教本」の序章に地図が載っている通り、中東の肥沃なる三日月地帯といわれる、現在のイラクあたりです。そこで乳を利用する文化が始まりチーズが誕生したとされているのです。
さて、そこでチーズの原料を提供してくれる3種の動物達について少し書いてみましょう。今やその代表的存在といえば乳牛でしょう。ウシはヤギやヒツジに遅れる事1500年後に家畜化されるのですが、後に乳牛と呼ばれる改良されたウシ達は、草が豊富な環境で飼育すれば、ヤギやヒツジの何倍ものミルクがとれるので、チーズを初め乳製品の原料を提供してくれる最強の動物なのです。
特に草が豊かなフランスでは乳牛の品種が多く、それぞれの風土に合った品種のウシが飼われていて、その土地特有の個性あるチーズが作られています。
例えば、以前も紹介したけれど、アボンダンスというチーズは、ウシの品種名であり生産地の町や谷の名前でもあるというように、フランスではその土地の風土にあった牛を飼い特有な個性を持ったチーズを作っているのです。
ヨーロッパでウシの次に重要な乳用の家畜といえばヒツジでしょうか。ヒツジはウシが飼えないような乾燥した風土に適応し、乾燥地の貧弱な草でもよく食べミルクを出します。特に乾燥したイタリア半島の南部で多く飼われ、ペコリーノ(Pecorino)と呼ばれるヒツジ乳チーズの銘品を多く産出しています。イタリアにはD.O.P認可のチーズは52種類あり、その中で原料がヒツジ乳100%のものは20品目、ヒツジ乳を他のウシ乳やヤギ乳と混合された原料で作られるチーズは10種類あります。この様な状況は決してマイナスではなく、むしろイタリアチーズの個性を作っているともいえるかも知れません。
最後はヤギの登場です。ヤギ乳はウシやヒツジの乳とはかなり性質が異なるため、そこから生まれるチーズは、食感や味がかなり異なり独特な個性があります。ヤギは何でもよく食べ、狭い土地でも飼えるため戦後の食糧難の日本では全国各地で飼われ、皆ヤギ乳を飲んでいた。フランスではヤギ乳チーズはフロマージュ・ド・シェーヴル(Fromage de Chèvre)といい、一つのジャンルとして、強い存在感があります。フランスにはA.O.P.の認可を受けているチーズは44種ありますが、そのうちヤギ乳100%のチーズは14種もあり一大勢力になっている。意外に多いなという感じがしませんか。シェーヴルをもっと勉強しなくちゃと思いました。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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