世界のチーズぶらり旅

ジャガイモグラタンの国ドーフィネ地方へ

2019年12月1日掲載

ジャガイモグラタンの国 ドーフィネ地方へ
フランスの旧州名ドーフィネ地方といっても日本では知る人は少ないだろう。フランス南東部の大都市リヨンに隣接してはいるが、目ぼしい観光地もないので行く人は少ない。

1.工房がある小さな村

アルプス造山運動の強大な圧力によって、その後背地が盛り上がってできた褶曲山地といわれる細長い岩山がジュラ山地から南へと続く。その南端に連なるシャルトリューズという岩山の名は、その上に建つ修道院で作られる同名のリキュールの名で世界に知られている。料理の分野では新世界からやってきたジャガイモを使った、グラタン・ドーフィノワーズという料理が知られているが、この辺りは隣接するサヴォワ地方と共にグラタン王国といわれている。ドーフィネ地方の首都といえはグルノーブルだが、アルプスの氷河の水を集めて流れ下ったイゼール川がこの町のあたりで、岩山を切り裂いて西に流れ下りローヌ川と合流する。

2.明日への準備作業

そのイゼール川が岩山を西に通り抜けた先は、比較的緩やかな丘陵地帯が広がっていて、樹木に覆われた丘と緑の牧草地や畑が続く。このあたりが今回訪ねるチーズの産地である。6月に入ったばかりというのに、牧草地にはもう大きな干し草のロールが転がっていて、南フランス圏内のこの辺りはもう真夏のようである。こんな風景を縫いながら車はサン・マルスランという可愛らしいチーズを作っている工房がある村に向かって走る。いくつもの丘や畑地を通り抜けるとやがて、直径5kmほどのすり鉢状の谷の底に小さな教会と30戸ほどの人家が集まったQuincieuという目的地の村が現れた。村はずれの駐車場に車を止めて教会を目標に村に入っていったが人影はない。だが目的のチーズ工房にはすぐに見つかった。こんな小さな村に、といったら失礼になるが小ぶりながら、なかなか近代的な設備が整った工房であった。

3.数種類のチーズが眠る熟成室

サン・マルスラン。重さが80g位で手のひらにすっぽり入るこの繊細なチーズの名は知っていたが、恥ずかしながら食したことはなかった。このチーズの知識といえば、狩猟中にクマに襲われ負傷したルイ11世が、土地の木こりに助けられ、このチーズで健康を回復させたという話。かつてこのチーズは山羊乳から作られていたが、現在原料は牛乳であること。そして20世紀のフランス料理界の帝王といわれたポール・ボキューズがこのチーズを非常に愛したという話などである。

4.ピラミッド型の小さなチーズ

チーズの作りは朝が早いので、工房に到着した時には製造作業はあらかた終了し、一晩かけて凝固させるという原料乳を、大きなバケツに注いでいる所だった。例によって見学用の服を着て熟成室を見学。どのチーズ工房もそうだが、名前が知られたメインのチーズだけを作っている所は少ない。地元消費者の多様な需要に応えて何種類かのチーズを作るのが普通だ。この工房の熟成室にも数種類のチーズが眠っていたが、どれも小型で白く可愛らしいチーズである。特に高さ5センチほどのピラミッド型のチーズの愛らしさと、今にも崩れそうな危うさにすっかり魅了されてしまった。工場主?が食べごろのサン・マルスラン(多分)を手に取って見せてくれたが、この柔らかい白いチーズは表面についた溝の間から、中身がまさに溶け出さんとしていて食欲を搔き立てる。見学後は望み通り別室にこのチーズと、姉妹品のサン・フェリシアンがワインと共に用意されていた。

5.食べ頃のサン・マルスラン











©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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