ヨーロッパのチーズ売場を撮る
筆者はここ30年以上ヨーロッパ各地を訪ねるたびにチーズ売場の写真を撮ってきました。改めて写真を見ると30数年前のものと現代では当然ながら、朝市などの小規模なチーズ売場の様相もあきらかに変化してきています。欧州連合(EU)の成立以来、各国の衛生基準が統一され厳しくなったのでしょうか。最近ではワゴン車を丸ごとチーズの陳列ケースに改造した店が地方の朝市にも現れるようになりました。
1点目の写真は1980年代のもので、場所はフランス東部のアルザス地方です。ご存知のようにこの地方は東側を南北に流れるライン川がドイツとの国境になっており、その西にさほど高くないヴォージュ山脈が連なっています。この辺りの平地はほとんどが葡萄畑で、ヴォージュ山地が牧場になっているのです。写真の女性はその山地の牧場で、夫婦二人で牛を飼いチーズ作っているのですが、ヨーロッパの古くからの伝統通り、旦那さんが外回りで、奥さんが一人でP.D.O.認証のマンステルをはじめ、フレッシュやセミハード系など数種類のチーズを作っている。それだけではなく土曜日には山を下り、谷間のマンステルの町の広場に屋台を設置して自作のチーズを売るのです。見ていると地元ではP.D.O.のマンステルはあまり売れず、おばさんのオリジナルに人気があるようでした。
2点目の写真も1980年代の物でパリ近郊のクロミエの町の朝市です。このあたりはブリ・ド・モー、ブリ・ド・ムラン、クロミエの産地のド真ん中ですから、これらのチーズを並べている屋台が多いのですが、面白いのは店によって並べているチーズの熟成度合いが違っていることです。写真の店のチーズは若めですが、他の店では表面が赤さび色に覆われたようなブリを並べていました。地元の人はチーズの熟度にこだわりがあるようです。
3点目の写真は1990年代末のイタリアはプーリア地方の朝市で撮りました。イタリアでは芸術的に凝ったチーズの陳列をよく見かけますが、屋台といえども彼らはチーズの陳列をアートにしてしまうんですね。この陳列なかなか面白い。難を言えばプライスカードがちょっといなか臭いですね。
4点目。見てくださいこのド迫力。これは北フランスのナンシー郊外にあった新しいチーズ専門店です。街中の公設市場にもかなり大きなチーズ売場があったのですが、この新しい専門店は近代的で、陳列台の設計もよく考えられています。長い方の一辺が10mはあろうかというL字型のショーケースですが、さすがにアール・ヌーヴォー発祥の地ですね。チーズの美しさを際立たせるために、ケースの内部は黒で統一し、チーズが引き立つようにラベルを取って並べている。照明もよく考えられており写真がとてもきれいに写るのです。やりますネー。
5点目の写真ですが、現場を見たとたんこれは何だと思いましたね。これを陳列なんて言えるでしょうか。大きなテーブルの上にチーズを乱雑に積み上げているだけに見えますが、よく見ると何ほどかの秩序はあるようです。壁のガラス戸棚にはブルー系のチーズが整然と並んでいます。これは数年前にロンドンで撮ったものですが店名をメモするのを忘れました。日本人はチーズに対しては神経質で、何でもすぐに冷蔵庫に入れたがるけど、ヨーロッパでは太陽の強い地方の朝市でも、パラソルを立てただけの屋台にチーズを並べて売っているのです。それを見るたびに、チーズというのは何百年もこの様に売られてきたのだな、と思い返すのでした。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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