乳科学 マルド博士のミルク語り

チーズの旨味

2018年11月20日掲載

チーズの旨味
先日、あるテレビ番組で著名な料理研究家が、料理に牛乳を合わせるとおいしくなるのは牛乳には旨味をもたらすグルタミン酸が豊富に含まれていることも理由の一つです、と解説していました。オイオイ、ちょっと待てよ!牛乳の主要たんぱく質であるカゼインには確かにグルタミン酸(Glu)が大量に含まれています(カゼイン 100g当たり22g:七訂食品成分表)。しかし、カゼインそのものは無味無臭で旨味はありません。カゼインから切り出されたGlu(遊離Glu)が旨味をもたらすのです。
カゼインから切り出された遊離Glu?そんな乳製品は、そう、チーズですね。チーズは乳のpHを乳酸菌の出す乳酸で下げ、カゼインのマイナス電荷を減らし、凝乳酵素でκ-カゼインのカゼインマクロペプチド(CMP)を切り出します。するとカゼインの水との親和性が減り互いに凝集してきます。次いでホエイを除いて得たカードを熟成します。熟成中にカードに残存している凝乳酵素および乳酸菌やかびなどが出すたんぱく質を分解する酵素の働きでペプチド
(アミノ酸が複数個結合したもの)が生じます。様々なペプチドが生成してきますが、その中には苦味などを呈するものもあります。さらにこれらペプチドは、ペプチドを分解する酵素によって分解され様々な遊離のアミノ酸が生成します。
遊離アミノ酸にはカゼインに多いGluも勿論含まれています。さらに、分岐鎖アミノ酸(ロイシン、イソロイシン、バリン:筋肉増強に有用なアミノ酸)は様々な酵素の働きによって遊離Gluになることが知られています(図1)。遊離Gluの一部は香気成分にも変換されます。このような複雑な経路をたどってチーズのおいしさが創り出されるのです。なので、どんなスターターを使うか、どのような熟成条件を採用するかはチーズのおいしさを決める極めて重要な肝となります。
図2はチェダーチーズの熟成中に遊離Gluがどのように変化するかを示しています。遊離Glu量はチーズ中のたんぱく質100g当たりの重量(g)で表しています。熟成直後では遊離Gluは殆ど生成していませんが、熟成とともに増え熟成7ヶ月目にはたんぱく質100g当たり0.37gになっています。

 

パルミジャーノ レッジャーノのように長期熟成するチーズではたんぱく質100g当たり3.7gにもなります。これはカゼインの分解によって切り出される遊離Gluと分岐鎖アミノ酸から変換された遊離Gluの合計です。
「どんな料理でもチーズと合わせるとおいしくなる」という考え方を“チーズ思想”というのだそうで、若い女性の20~25%がこの考え方を支持しているとのことです。事実、巷の居酒屋などでもチーズを利用したイッピンを多数見かけることが多くなりました。熟成系チーズは遊離Gluが多く、イッピンの旨味が増すのでしょう。カルシウムや良質なたんぱく質に恵まれているチーズは健康面でも好ましいので、今後ますます広がることが期待されます。