世界のチーズぶらり旅

ロレーヌからアルザスへの美食街道(1)

2018年6月1日掲載

ロレーヌからアルザスへの美食街道(1)

ビールがうまい

2016年フランスの地方制度改革によって北と東をドイツとの国境に接しているアルザスとロレーヌ地方は呼び名がグラン・テスト(Grand-Est)になり、エリアも大幅に変わってしまった。しかし食文化や歴史的な話をする時はどうしても旧州名でなくては語れない。というわけで、これからの話は旧州名で話を進めたい。
この地方は2度にわたってドイツに編入されエルザス・ロートリンゲンとなった歴史があり、フランスの中でも特異な雰囲気を持つ地方である。町のたたずまいもどこかドイツ風なニュアンスも感じられる。酒の話をすれば、フランスといえばワインだがこの地方のビールは非常にうまかった。中でもロレーヌ地方は鉱山や炭田があり工業地帯としてフランスの経済を支えてきた。ガラス工芸も盛んで、あの高級ワイングラスのバカラの工場はロレーヌの山の中にある。とはいえ目ぼしい観光地がないので日本人に馴染みは薄いが、ジャンヌ・ダルク誕生の地であり、かつてロレーヌ公国の首都であったナンシーの町はフランスのアール・ヌーヴォー発祥の地として美術愛好家に知られ、エミール・ガレなど優れたアーティストを輩出した。

スタニスラス公爵の像

また、ロレーヌ地方はお菓子の国としても知られている。18紀後半、ポーランドの王座を追われフランスに亡命したスタニスラス・レクザンスキーは娘がルイ15世に嫁いでいたためこのロレーヌ地方を公爵領とし与えられて、ナンシーに居城を作るのだが、この公爵様は美食家で様々な逸話を残す。ブリオッシュにラム酒をしみ込ませババというお菓子を作り出したとか、侯爵様付の菓子職人が突然いなくなり、その助手のマドレーヌという女性が作ったお菓子が気に入り、マドレーヌと命名し、これを娘の嫁ぐヴェルサイユ宮殿で流行らせたなどの逸話を残している。ナンシーの宮廷広場には、その公爵様の巨大な像が立っている。

マカロン専門店

もう一つお菓子の話だが、日本のデパートにマカロンというカラフルで美しく高価なお菓子が並んでいるが、これは20世紀にパリのパティシエが作り出したパリ風のマカロンである。もとは修道女が作っていた素朴なお菓子だったが、そんな中でナンシー風のマカロンは今も有名だが実に素朴である。王宮広場の近くには修道院のレシピを200年以上秘伝として引き継ぎ、作り続けているというマカロン専門店があった。

在来種の乳牛

さてここらでチーズの話です。ワインのない地方はあってもチーズのない所はないフランスだが、アルザスとロレーヌ地方にP.D.O.認証のチーズといえばマンステールだけなのである。
マンステールはヴォージュ山脈周辺で作られる歴史も古いウォッシュ系のチーズで、山脈の東側のMunsterの谷で作られるものはマンステールで、西側のロレーヌ圏で作られるものは、近くの町Géradmerの名を入れてマンステール・ジェロメとしたという説がある。そしてこの地方には土着の牛がいてマンステールはこの牛の乳から作ったものが正統だと主張する人もいるなど、この小さなチーズは様々なエピソードを持っている。また、チーズに関してこの地方で驚かされたのはナンシー郊外にある巨大なチーズ専門店であった。とりあえず写真を見てください。このショーケースの一辺の長い方は10メートルはあろうか。そしてL字型に曲がったもう一辺は5メートル以上あった。チーズの数は数百種はあったであろう。

ナンシー郊外のチーズ専門店