次の訪問先はフェルテベントゥーラ島である。何やら威厳のありそうな島名だけれど、その意味は「強い風」。東方百キロのサハラ砂漠から海を渡って強い風がこの島に吹き付ける。グラン・カナリア島との距離は25km程だから当然フェリーでいくかと思っていたら、車は飛行場に着いた。そこにはプロペラ機が待っていて、滑走路をぞろぞろと歩いて乗り込む。これらの島々には、それぞれ立派な滑走路を持つ空港があって、島同士の往来は飛行機が主体らしく、中型機が頻繁に行き来している。道路は整備されているが鉄道はほとんどない。電車といえば町で路面電車を一度見たきりである。
フェルテベントゥーラ島は南北に細長く、シルエットはエビ天に似ている。面積は東京都ほどで人口は7万5千人くらい。火山島だがさほど高い山がないため雲が留まらないのだろうか、降水量は年間147ミリというから極端に少ない。上空から眺める限り島全体は茶色一色の砂漠である。カナリア諸島ではこの島が最も古い火山島だというから、風化も進んでいるのだろうか、ごつごつした岩石でできている隣のグラン・カナリア島に比べ山容も丸く、いたるところに細かい砂が積もっている。こんなところで山羊を飼いD.O.P.チーズを作っているというが、にわかには信じられない状況なのである。
この島の主要な町は東側の海岸線にあるが、規模は小さくどの町も前は海、後ろは砂漠というような環境にある。そして、我々にとって異様な光景に見えるのだが、それらの町の近郊にはヨーロッパのプチ・富豪の別荘か、あるいは貸別荘なのか密集した団地風の、立派だが生活感のない集落がいくつもある。その上、給水が難しそうなこれらの別荘にはたいてい、小さいがプールがあるのには驚かされる。海水から真水を作ることも行われていると聞いたが、どのようにして水を確保しているのだろうと心配になる。
空港から少し南下したカルタ・デ・フステという小さな町がある。といっても平屋か二階建てくらいの家が密集した区画が連なって街ができている。建物はどれも立派でリゾート地風の美しい町である。その町から少し離れた海辺の一角に巨大で豪華なホテルが二棟並んでいて、その内の世界に名を知られたホテルが我らが宿である。さっそくホテルの広い中庭に出てみると、椰子の木や緑の灌木が茂った中にプールがあり、浜辺に出ると、そこはホテルのプライベート・ピーチが広がっている。シーズン前で人影は少なかったが、砂漠のようなこの島での最も豪華なもてなしは、緑と水であるらしいのだけれど、我々チーズ・ハンターにとって、これ等は無用の長物である。チーズ・ハンティングは、朝早く出て夕方遅く帰る。道路の向こうは砂漠なのだから、帰ればただ寝るだけであった。
ホテルに隣接する一角には、リゾート客向けの大きな商業施設があり、レストランやカフェなどの他に大きなスーパーマーケットがあった。市場やマーケットを見れば、その地方の産物や食文化などが手っ取り早く知ることができる、というのが私の信条なので、荷物を部屋に置くとさっそく行ってみた。その店はヨーロッパの大手が展開する店で町の規模から見ても相当に大型である。売り場は天井が高く明るく清潔。品揃えも都会的で、この島では育ちそうにない野菜や果物も豊富だ。わずかながら地元産らしい鮮魚があった。
そして、問題のチーズである。これには度肝を抜かれました。10mはあろうかという陳列ケースに数百種のチーズが並んでいる。近寄って良く見れば、フランス、イタリア、スイス、そして、スペイン本国のチーズを初め、ヨーロッパ各国の有名チーズがそろっているのだ。別の小さなケースには、地元産のフレッシュ系のチーズが並んでいたが、地元産のD.O.P.チーズ、ケソ・マホレロは見つからなかった。あきらかに島外からくるリゾート客が対象の品ぞろえなのである。この町の経済もヨーロッパ各国から押し寄せる観光客を軸にして回っているようだ。