日本でナチュラルチーズブームが起こりはじめた頃、現在のチーズ店ではあまりお目にかかれない変わったチーズが輸入されていた。当時一般の消費者は、ナチュラルチーズといえばダントツにカマンベール一辺倒で、他のチーズに対する知識はほとんどなかった。これではいかんと、何年か後にチーズの学校が出来たりした時代である。
そんな時代に、チーズの輸入商社はあまり脈絡もなく目先の変わったチーズを輸入していた、と私は理解していた。 そんな中で今はもう特注でもしなければお目にかかれないチーズもある。パリのチーズ売り場を探してもなかなかお目にかかれないから無理もなかろう。そのチーズはフランスの北部で作られるブーレット・ダヴェンヌとドーファンである。資料によればこれらのチーズは北フランスで作られるAOP指定のマロワールのできそこないを利用して作られたというのだ。
Boulette(ブーレット)はダンゴという意味だからアヴェンヌ村のダンゴとでもいうべきチーズで円錐型をした小さいチーズ。Dauphin(ドーファン)はイルカで、いわれてみればイルカの形をしている。マロワールはご存じのように四角いウオッシュタイプの柔らかいチーズだから、これらのチーズはこのマロワールの生地に胡椒などのスパイスやハーブをまぜた強烈な風味のチーズである。もう20年以上お目にかかっていない。 さて、前置きが長くなったがこの間フランスのロレーヌ地方を旅し、ナンシーの大きなチーズ専門店を2軒ばかり取材した時に、写真を取りながらイルカのチーズを探した。
ロレーヌ地方は北にあってこれらのチーズの生産地に近いので、もしかしてこの町でお目にかかれるのでは、という安易な考えである。ともかくナンシーのチーズ店はすごい。何百というすさまじい種類のチーズが並んでいる。バスツアーの限られた時間の中で撮影しながら目当てのチーズを探したが見つける事が出来なかった。 ドーファンというチーズの名前のいわれには伝説がある。その一つは17世紀にフランス王ルイ14世は王太子を伴ってこの地方を訪れた折に地元のチーズが献上された。そのチーズを王太子がいたく気に入ったので地元の人は名誉に思って、ドーファンという名をチーズに贈ったのである。Dauphinには王太子という意味もあるからである。
ともあれ、2軒のチーズ店めぐりでもイルカのチーズを発見できなかった傷心(でもないが)を抱えながら、世界遺産であるスタニスラス広場でビールを飲んだ。フランスでビール?というなかれ。この地方のビールは旨いのだ。ビールを飲みながらふと、噴水に目をやれば豚のお化けが水を吐き出していた。ヴェルサイユ宮などの噴水にもいるこの怪物、調べて見るとこれはイルカなんだそうです。あの愛らしいイルカがどうして、とお怒りだろうか。日本人だって似たような仕打ちをしている。ブグは「河豚」と書き、イルカは「海豚」と書く。海のブタというのはひどくないですか。それは別としてイルカのチーズをお見せできないのが残念! 「世界のチーズぶらり旅」は毎月1日に更新されます。