ノルマンディー地方のチーズ巡礼の旅は、後半になるとちょっとつらい。カマンベール、リヴァロ、ポン・レヴェック、ヌーシャテルなどAOC指定の著名チーズは言うに及ばず、フランス一の酪農王国であるこの地には無名の優れものが朝市などに並んでいるから、ついつい手を出してしまい一日中腹一杯の状態が続く。ブルターニュに隣接するこの地方に多いクレープ屋さんをみつけ、昼食は軽くといいながらも、またチーズたっぷりのクレープを食べてしまう。
旅の後半になって、「さて、チーズのお勉強はこれまで」と、この地方の料理を眺めると、まず、有名なプレ・サレの小羊がある。内臓料理が好きな人は、カンという町の名がついた牛胃の煮込みや、アンドゥイエットという内臓のソーセージなども食べなくてはならない。海産物だって負けていない。生牡蠣、ムール貝の漁師風、オマール海老のロースト、ドーバー・ソールのムニエルなど、満腹を抱えて大いに迷うことになる。食べ物の取材は、端で見るほど楽じゃない。3、4人の同行者がメインだけ1品ずつとって分けて食べるということになる。これではぶらり旅のタイトルが泣く。
そして、ノルマンディーの旅はフランスきっての奇勝地モン・サン・ミッシェルで終わり、というのが定番らしい。
ここはフランス版{江ノ島}といいたいところだが、島全体が僧院で、天にそびえる僧院の尖塔が広大な干潟の中に鋭角的なシルエットを浮かび上がらせている様は、まさに奇観である。
もとはこの島に通じる道路はなく、多くの巡礼者は馬が駈ける程早いといわれる満ち潮の合間をぬい、干潟をわたって僧院に詣でた。こうした巡礼者の空腹を素早く満たすために作られたのが、ふわふわのプレーンオムレツだった。
卵をよくかき立て、フランスでは珍しい少し塩辛い有塩バターをたっぷり使い、長い柄の大きなフライパンを暖炉の火にかざして一気に焼き上げる。このパフォーマンスが受けて一躍有名になる。20世紀のはじめ、この島の旅籠屋兼食堂のメール・プーラール(プーラールおばさん)の女主人アンネットが考え出したスフレ風のプレーンなオムレツである。とはいっても、なにしろ巨大だから、これもまた巡礼の修行僧ばりの苦行となるのであった。