前回(2016/3/20)は哺乳類誕生前のカゼインについて説明しましたが、カゼインと同じような時期にα-ラクトアルブミンも分泌されるようになりました。このたんぱく質は乳糖の合成に深く関わっています。
乳糖はグルコースとガラクトースが結合したものでミルクのみに存在する特異的な糖質です。昔、一部の植物にも乳糖があると考えられたこともありましたが、それは間違いでした。この乳糖合成を触媒するのがガラクトシルトランスフェラーゼ(GTase)という酵素です。一般的に酵素は生体内の化学反応を促進する働きを担ったたんぱく質です。ところがGTaseだけでは乳糖を合成できません。サッカーに例えれば、GTaseはボールがシュート可能なピンポイントに来たときにはシュートできるけど、ちょっとでもずれるとシュートできないヘボ選手なのです。そこで、GTaseがシュートできるようアシストする選手が必要になりました。ところが自チームにはそんな選手はいなかったため、他チームから選手を借りてGTaseのアシスト役とするべく気が遠くなるような長い時間をかけて育成したのです。
この、他チームから抜擢された選手がリゾチームです。α-ラクトアルブミンよりもかなり前から感染防御の任務を担って皮膚腺から分泌されていました(2016/2/20「ミルクの進化と美肌機能」参照)。このリゾチームが育成され、アシスト役に変身したものがα-ラクトアルブミンなのです(図参照)。こうしてようやく乳糖が合成されるようになりました。しかし、α-ラクトアルブミンにはもはやリゾチームが本来担っている感染防御としての活性はありません。
何故、このような複雑な過程を経て乳糖を合成しなければならなかったのでしょうか。乳糖の最も大事な任務はエネルギー源です。であるならば、グルコースとガラクトースの状態で仔に与えればいいはずです。グルコースはエネルギー源ですし、ガラクトースも肝臓にてグルコースに変換されエネルギー源となります。しかし、わざわざ両者を結合させた乳糖として仔に与えています。乳糖でなければならなかった深い理由(わけ)があったに違いありません。
いくつかの理由が考えられていますが、第一に、グルコースが急速に吸収され血中に入ると、血糖値が高くなります。速やかに血糖値が下げればいいのですが、そうでなければ仔が一種の糖尿病になります。血糖値が高いことは、人間は勿論、他の動物にとっても好ましくないのです。第二は感染防御です。仔は生まれるとすぐ多数の微生物に汚染されます。この時、仔にとって味方になる微生物も敵になる微生物も侵入してきます。味方は体内で増え、敵は増えないことが求められます。そこで、味方である菌、すなわち乳糖を分解しエサとして利用できる菌(例えば、乳酸菌)と乳糖を分解できない敵(例えば、大腸菌)を識別する初歩的な感染防御機構として乳糖でなければならなかったのではないでしょうか。腸内で乳酸菌が増え、悪玉菌は増えないので、私たちは健康を保てるワケです。
感染防御の任務を担って分泌されたリゾチームからα-ラクトアルブミンが生まれ、それが乳糖合成を助け、生成された乳糖が感染防御の役割も担うようになったとすれば、ここにもミルク進化の痕跡を認めることができます。