今年はとり年だから、鶏について少し話しましょう。鶏といえば昔は農家や広い土地がある家では庭先に放し飼いにされていました。卵を生ませ肉を食べるためです。庭で飼うからニワトリと呼ばれるようになったそうですが、鶏が家畜化されたのは東南アジアやインドあたりで、紀元前8世紀頃にギリシャに伝えられ、日本には弥生時代の初期に中国から来たそうです。最初は食用ではなく時を知らせる「時告げ鳥」として飼われていた。その鶏の鳴き声が、あの天照大神がたてこもった天ノ岩戸を開かせたというわけですね。
日本人が鶏肉を大量に食べるようになるのは戦後まもなくしてからです。それまでは庭先を走り回っている鳥を捕まえて自分で調理した。でも料理法は限られ、焼くか鳥鍋にするか、あとはカレーくらいでした。竹串に刺して焼いた、いわゆる焼き鳥は飲み屋の料理だったのです。下ごしらえが大変だし、竹串が燃えないように焼くのは面倒。結構難しい料理なのです。でも、いま焼き鳥はスーパーで大量に売られるようになっています。
鶏肉を最もたくさん食べている国はアメリカですが、代表的な料理といえばフライドチキン。この料理だけで世界を制覇したチエーン店がありますね。1970年代に日本上陸。またたく間に全国に広がったのですが、最近は低調らしく近所の店もなくなりました。
多彩な鶏肉料理があるのは、やはり美食の国フランスです。鶏の種類が多いのもフランスの特徴ですが、公的機関が認定するA.O.P.(原産地名称保護)やP.G.I.(地理的表示保護)などのブランド鶏も多いのです。最も有名なのが、フランスの中東部で育てられるブレスの鶏です。
この鶏に人が与える餌は玉蜀黍とホエーだけだそうです。パルマハムの豚と同じように、鶏にホエーを飲ませているんですね。後は広大な野っ原に放たれた鶏達は、狐や鷹などの天敵の危険にさらされながら、草や地中のミミズなどの虫を自分で探して食べる。これが世界一と自慢する独特の旨みを作り出すんだそうです。
フランスの鶏肉のほとんどは丸ごと売られていて、タグやラベルが付けられているものには、P.G.I.などの認証マークが表示されていたりします。さて、ここでフランスの鶏肉の種類(品種ではなく)をざっと知っておきましょう。まず、雌鳥はプール(poule)、雌の若鶏はプーレ(poulet)、雄鳥はコック(coq)といいます。あの有名な鶏肉の赤ワイン煮、コッコー・ヴァン(Coq au vin)は肉の固い雄鶏を使っていたのですね。次に1.8kg以上に肥らせた雌鶏はプーラルド(poularde)。雄鶏を去勢して6ヶ月間肥育したのはシャポン(chapon)といいます。雄は去勢するとよく肥って肉が軟らかくなる。フランスでも高級品なんだそうです。このように様々な鶏が育てられているのですが、ところで、日本で売られている鶏肉は雌か雄か。実は雌も雄もいっしょくたに売られているのです。飼育期間が短く、雌雄の特徴が出る前に処理されるので、肉質には差が出ないからだそうです。
フランスには古くからプール・オ・ポ(poule au pot)という料理がある。「鍋の中の鶏」くらいの意味ですが、これには歴史的なエピソードがあるのです。フランスのブルボン王朝の創始者アンリ四世は1589年、熾烈な宗教戦争の最中に王位に就着きますが、様々な困難を乗り越えて戦争を終わらせ、荒廃した国土の回復に全力を尽くします。後に「良王アンリ」と呼ばれた彼はこんな言葉を残します。「休日には、すべての国民の鍋に鶏が入る国にしたい」。彼はピレネー山脈西のバスク地方にあったナヴァール王国で生まれ、後に同国の王にもなります。首都のポーにはお城があり、その前にアンリ四世の像が立っている。この地方にはいろんな鶏肉料理があり、ピレネー山中の町を訪れた折に何度か食べました。そして、その町で鶏を焼くための変わった形の土鍋(Pot)を見つけました。最後の写真がそれです。使い方は中央の突起に鶏を座らせて固定し、三角のフタをかぶせてオーブンで焼くのです。プール・オ・ポの現代版でしょうか。