昔、といっても20~30年前、乳・乳製品の健康効果は以下のように考えられていました。
すなわち、
・乳は脂肪が多いので肥満になりやすい
・乳脂肪は飽和脂肪酸が多いので心疾患など循環器系疾患になりやすい
・動物性食品は酸性食品なので骨からカルシウムが溶けだしその結果骨が弱くなる
・小松菜など一部の野菜は100g当たりのカルシウム含量が高く、牛乳を無理して飲まなくてもカルシウムを摂取できる
・チーズは100g当たりのナトリウム含量が高いので高血圧の方は控えた方がよい
などなどです。
これらの情報ゆえに、低脂肪の食品や食事は「ヘルシー」と考えられていました。この傾向は現在でも変わらず、若い女性は焼肉やスイーツが大好きな一方、乳製品の摂取は控えめにするといったヘルシーではない食生活をしている印象があります。
米国でも脂肪摂取を控えて健康的な生活をしましょうというキャンペーンが行われ、その成果を検証する大規模調査が行われました。ところが、結果は図1に示すように、1971~1980年に行われた2回の大規模調査では脂肪摂取量が37%E(摂取エネルギーの37%が脂肪)で、肥満者の割合は数%でしたが、1988年から行われた3回目の調査では、脂肪摂取量は減少したのに肥満者の割合は10%強に増えていたのです(BMI=体重(kg)/身長2(m2)、日本では25以上を、米国では30以上を肥満と定義)。
そこで、さらに調べた結果、犯人は糖質でした。これを契機に「低炭水化物ダイエット」が流行りだしたことは皆様もご存じのとおりです。
また、若い女性はやせ=善、肥満=悪と考え、少しでもやせることを目標にします。ですが、図2に示すように、BMIが20未満および30以上になると死亡リスクが高くなります。ガンに対しても、心臓病に対しても同様ですが、BMIが30を超えると心臓病による死亡リスクが著しく上がります。なので、フランスではBMIが低すぎるモデルはファッションショーに出演できません。
小松菜は野菜の中でも栄養価が高く、推奨できる食品ですが、1日に100gも食べられますか?また、野菜からのカルシウム吸収率は低いので実際に摂取できるカウシウム量は牛乳に比べると少ないのが実態です。魚のカルシウムの大半は骨に含まれています。なので、骨まで食べる小魚や唐揚げならいいのですが、切り身や刺身ではカルシウムは殆ど摂れません。Jミルクのホームページからも詳しい情報を得ることができます(https://www.j-milk.jp/report/study/h4ogb4000000cpia-att/JMilk_FactBook_Eiyo_Kino.pdf)。
酸性食品=悪、アルカリ性食品=善という考え方は20年前頃までは学会でも激論が交わされました。酸性食品とはリン、塩素、硫黄などが多い食品で水に分散すると酸性を示す食品です。ちなみに牛乳はpH6.7位で弱酸性です。アルカリ性食品はナトリウム、カルシウム、カリウム、マグネシウムなどが多い食品です。酸性食品を食べると体内のpHが酸性となり免疫が低下し、骨からカルシウムが溶け出すと考えられました。そのため、アルカリ性食品を喧伝する書籍が多数販売されました。しかし、人体の血液のpHは緩衝作用*により酸性あるいはアルカリ性食品を摂取してもpH7.4前後で殆ど変化しません。なので、骨からカルシウムが溶け出すことはありません。
*緩衝作用:少量の酸あるいはアルカリが混入しても元のpHをほぼ保つ作用)
チーズの100g当たりの塩分濃度が高いことは事実ですが、普通の方が毎日チーズを100gも食べ続けることは可能ですか?通常30~50g程度でしょう(チェダーやゴーダを30g摂取したとしてナトリウム摂取量は約0.6g)。ナトリウムの摂取許容量(男性8g/日、女性7g/日)には遠く及びません。一方、ラーメン一杯食べるとナトリウム摂取許容量をオーバーしてしまいます(ラーメン 8g)。
飽和脂肪酸を大量に摂取すると循環器系疾患のリスクが高くなることは2020年版の食事摂取基準にも記載されています。しかし、飽和脂肪酸の多い乳・乳製品は循環器系疾患のリスクと無関係とも記載されています。飽和脂肪酸を一括りで論じることができないわけで、2025年版食事摂取基準にどう記載されるのか興味津々です。
「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。
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