歴史は苦手だったけれど、文明の発祥の地にあるチグリス川とユーフラテス川ぐらいは知っている。これ等の川の源流はトルコにありその中流部を虹の架け橋のように描かれているのが「肥沃なる三日月地帯」呼ばれる地域である。ヨーロッパの古代史を開と必ずこの図が出てくるが、2013年に発刊された『チーズと文明』にもこの図が描かれている。この三日月地帯を見るたびに、チーズ発祥の地といわれる、このアナトリア半島へ旅したいと夢見たのであった。
そこで、ある年の春この地への旅を企画し同行する人を募ったが「エーッ!トルコにチーズってあるの?」という返事ばかりで話にならない。調べてみるとトルコへ行くには、この国の旅を専門にしている旅行社のツアーを利用するしかなかった。仕方なくある年の4月にとりあえずその旅行社のツアーに参加することにし、この国のチーズを調べにかかった。だが当時の日本にはトルコのチーズに関する情報は全くなかった。現在もほとんどない。仕方なく何の手がかりも得られず、手ぶらで羽田を飛び立ったのである。トルコにはトロイの遺跡を筆頭に有名な古代遺跡は山のようにあり、同行のツアー客のほとんどが30代前後の女性のグループで、年配のオジサンは筆者だけだった。
そんな訳で当時の飛行ルートなどには全く関心がなく、とりあえずトルコの首都のイスタンブールに到着。この町は名所旧跡が山のようにあるので自由行動だったが、私は先ず、市場がありそうな場所を探して街を歩き、運河の畔にある市場を探し当てた。勇んでとび込むと、なんと見た事がない白い大きなチーズが山と積まれた店が並んでいるではないか。筆者はここで初めてトルコ・チーズの何たるかを知るのである。そこには小さくパッケージングされたチーズは見られず、ベイヤーズ・ペイニルという名の、塩水の中で短期間熟成させたという、写真①のような巨大なチーズが並んでいる。それを1kgほどにカットして売る。これがこの店の販売の単位らしい。プライスカードを見て、初めてトルコ語でチーズはPeynir(どう読むのかな)と知るのである。市場を回って気づいた事だが、この国では、この大きなフレッシュ系のチーズが主流(60%)で、熟成タイプのチーズは店の奥にひっそりと陳列されていたが、その種類は少なかった。しかし、この市場を見て世界一のチーズ消費国はこの国だと確信するのである。客が買っていく量が半端ではなかったからだ。
さて、この旅は本来アナトリア半島の史跡をめぐるツアーだったので、まずは巨大な木馬があるトロイの遺跡を皮切りに、エーゲ海沿岸に並ぶ古代遺跡を見ながら南下。筆者は宿泊地に着くと、すぐに町のスーパーを探してチーズ売場の写真を撮った。だが、どの店に行ってもイスタンブールで見た、巨大なフレッシュチーズをカットしラップで包んだものが大量に並んでいるのである。
そして、この旅に出て気付いた事は、ホテルの朝食と夕食には、市場で見たフレッシュ系のチーズを、様々な形にカットし大皿に盛られ、その店特有のソースが添えられて出てくる。地方のレストランの昼食にもこの様な形でチーズが出された。トルコ・チーズは写真②ように、大きな立方体状に作られた物が多いけれど、そのまま食べることは少なく、様々なソースや食材を添えて出される。市場に並んでいるチーズは、産地名はあるけれど銘柄名は無い。この国でこれ等のチーズは製品ではなく、野菜などと同じく素材として使われる場面が多そうである。もちろん、わずかながら商品名が付いたパッケージ入りのチーズも少しは並んでいたが。
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©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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