乳科学 マルド博士のミルク語り

ホエイの利用

2023年12月20日掲載

日頃からチーズを製造している工房さんたちは、日々排出されるホエイの利用について頭を悩ませています。ホエイの利用については2018年6月20日の本コラムでも「銭を生むホエイ」と題してご説明しました。簡単に振り返ると、ホエイを膜や樹脂を使って濃縮および/あるいは脱塩し、噴霧乾燥して粉末化して、菓子類、スポーツ飲料、高度栄養食品、乳児用調整粉乳などに利用することができます。

しかし、このようなホエイ加工品を製造するには高価で大掛かりな製造設備が必要となり、小規模な工房では無理な話です。
では、どうすればよいのでしょうか。大がかりな設備投資をしないという前提で考えてみます。
第一は「ホエイ豚」のように飼料とする方法です。ホエイを与えた豚の肉質がどの程度おいしくなるのかは科学的には分かりませんが、おいしいというイメージはある程度定着していますからこれを利用しない手はありません。しかし、液体のホエイは微生物に必要な栄養素の宝庫なので腐敗しやすいという欠点があります。ホエイを殺菌・冷却し、出荷するまで冷蔵下に保存する必要があり、収支がとれるのか疑問です。さらに、「食品」として製造したホエイを「家畜飼料」として販売するには厳密には法的な届け出など面倒な手続きが必要と聞いています。
歴史的にはヨーロッパでは、ホエイの美肌効果故にホエイ風呂として利用されたことがあります。しかし、使用済みホエイの処理に困ることに変わりはありません。

液状ホエイとしてはホエイ飲料としての利用が一般的です。様々な果汁を加え、加熱殺菌、冷却、充填し販売されます。地域の名産果汁や季節性に富む果汁を利用することで特色をだすことができます。また、加熱ホエイの望ましくない香りを果汁でマスクすることも可能です。果汁だけでなく、チョコレート、ココア、シリアルなどを加えたものも販売されています。また、炭酸ガスを吹き込んでホエイの炭酸飲料にするとホエイ特有の好ましからざる風味を改善できるとの特許も出願されています。この他、ヨーロッパではホエイにプロバイオティクス菌を加えた発酵ホエイも市販されているそうです。

ホエイ(右)

しかしながら、果汁入りホエイ飲料や発酵ホエイには清涼飲料やヨーグルトなど対抗品があり、それぞれ大きな市場を形成しています。なので、ホエイにしかできない特徴のある風味や健康機能がないと日本の市場では勝てないでしょう。乳糖分解酵素であらかじめ乳糖の一部を分解したホエイは乳糖不耐症の方向けの飲料になり得ます。しかし、乳糖を一部分解した牛乳はすでに市販されています。

製造における技術的な課題は第一に殺菌時にたんぱく質が変性し沈殿することです。膜を使って凝集物を除いたり、超音波をかけて凝集物を再分散させたりなどの工夫が必要となります。第二に、ホエイのpHは酸性なので、カルシウムが溶解してきます。そのため、カルシウム特有のえぐ味が出てきます。第三には果肉の濃度が高いとたんぱく質と相互作用し沈殿をもたらす場合があります。なので、果肉の種類を選択することや適切な濃度を決める配合が重要になります。

ホエイの主成分は乳糖なので酵母(一般的にはKluyveromyces fragilis、Saccharomyces lactisなど)でアルコール発酵させることで酒類を作ることができます。実際、ヨーロッパではホエイからビールやワインを作ることも行われています。しかし、ホエイからたんぱく質と脂肪を除去することが重要です。たんぱく質は凝集物の原因となるし、脂肪は泡を消してしまいます。日本では酒類製造には免許が必要ですから、近隣の酒類製造所と共同開発するとよいでしょう。

先日、岩手県岩泉町を訪れた際、「龍泉洞の化粧水」という化粧品を見つけました。龍泉洞は鍾乳洞でカルシウムなどミネラルに富んだ地下水が流れています。この化粧水は龍泉洞の水を原料としています。ホエイはカルシウムが豊富ですし、前記したように美肌効果のイメージがあります。たんぱく質と脂肪を除去したホエイは化粧水原料になるかもしれません。

国産のブラウンチーズ

ホエイの利用といえば勿論リコッタとブラウンチーズです。ブラウンチーズはALL JAPAN チーズコンテストや世界チーズコンテストで受賞しています。ホエイ中の乳糖を分解せずに濃縮する方法と乳糖を乳糖分解酵素で部分的に分解してから濃縮する方法があります。リコッタはホエイを加熱したんぱく質を凝固させるので、残ったホエイは除たんぱく質されています。そこで、これを遠心分離機で脂肪と微細なたんぱく質を除けばアルコール発酵や化粧水の原料になり得ます。除たんぱく質が不完全だと保存中に沈殿を生じてしまう可能性があります。いろいろ試してみるうちにホエイならでの優れた商品が開発されると期待されます。

 


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