乳科学 マルド博士のミルク語り

酪農危機と健土健民

2023年6月20日掲載

2023年5月2日の朝日新聞朝刊に「減る酪農家」と題する記事がでていました。記事によれば、牛乳の消費が減少し大量の余乳が生じていることに加えて、エサ代の高騰、仔牛の価格低迷などが原因で酪農を継続することが困難となり、酪農家の離農が進んでいます。エサの高騰はウクライナ紛争が続く限り、長期間にわたって続くでしょう。さらに電気、燃料などの経費も上がっています。乳を出さない仔牛の価格は激減し、2023年2月の平均価格は昨年の3割だそうです。

コロナの影響で学乳消費が減少し、その分家庭で牛乳を飲めばいいのですがそうは問屋が卸しません。牛乳を飲むと太るなどの間違ったイメージが相変わらず若い女性に根付いていることに加え、植物性ミルクが根拠の薄い健康イメージに支えられて売場を賑わすようになってしまいました。
離農が進む理由の中には跡を継ぐ若者がいないという後継者問題も含まれています。酪農をやりたい、チーズを作りたいと考える若者を支援する取り組みもあります。㈳農林水産業みらい基金が行っている「農林水産業みらいプロジェクト」 では前例にとらわれず創意工夫にあふれた取組みで、直面する課題の克服にチャレンジしている地域の農林水産業者へのあと一歩の後押しを行うことを目的にしています
(https://www.miraikikin.org/support/)

さらに、農水省も様々な補助金を支援しています。
先日
(2023年5月20日)開催された”ミルク一万年の会”の交流会では宮崎県にて取組中の堆肥飼料化が紹介されました。こうした取り組みは地域における飼料コストを下げる効果が期待されます。
牛乳の消費は低迷しているもののチーズの消費が堅調なので、余乳をチーズ製造に使えばいいのではないかという考えがあります。確かに数字的にはその通りですが、ウルグアイ・ラウンド協定により一定量のチーズを輸入することになっており、主にプロセスチーズの原料(プロ原)となっています。プロ原に使う国産チーズの割合を増やすことで、特色のあるプロセスチーズを作ることが可能です。しかし、国産チーズの製造量が増えると、ホエイの副生量も大きくなります
(C.P.A.コラム 2023年1月20日)。上記した“ミルク一万年の会”の交流会では吉田牧場さんが販売しているホエイ飲料が提供されましたが、大量のホエイを処理するためには乳業界共同で運営するホエイ処理場を作り、生乳を運んで空になったタンクローリーを洗浄し、帰路はホエイを入れて処理場まで運ぶような何らかの仕組みを検討してはいかがでしょうか。

写真2 健土健民と書いてある飾り皿(雪印メグミルク㈱より提供)

ところで、「健土健民」という言葉をご存じでしょうか(写真)。1905(明治38)年、後に北海道製酪販売組合(現、雪印メグミルク)を設立した黒澤酉蔵が宇都宮仙太郎に弟子入りした時に遡ります。宇都宮仙太郎の教えを受けた黒澤酉蔵は「良土は良草より、良草は健土より、健土は家畜より、健土は愛土より、循環進展無窮也」と述べ、痩せた土でも家畜の糞尿や堆肥を入れると肥沃な土地となり、作物が沢山採れるようになることを教え、実践しました(安宅一夫、『宇都宮仙太郎のまぼろし』、酪農学園後援会、2017)。つまり、健康な民は健康な乳製品を産む健康な牛によって育まれ、健康な牛は健康な牧草によって育まれ、その健康な牧草は健康な土によって育まれるという思想です。化学肥料は必要最小限にとどめ、牛を飼い、糞尿を土に戻すことで土地が肥沃となり、質の良い飼料作物や野菜が採取できるようになります。これを牛に与え良質な乳を得て、地元を中心とした循環農業を行います。宮崎県で取組中の活動もまさに「健土健民」の考え方に基づいています。
酪農家が減り、先祖代々受け継いできた土地を耕していた「ポツンと一軒家」の高齢者がやむなく山を下り、残された土地に酪農をやりたい若者が入植し、牛を飼い、小規模ながらチーズを作り、循環農業を行うことで、地元の方々は良質な牛乳を飲み、おいしい野菜やチーズを食べるという酪農の原点に立ち返った「健土健民」を見直してはどうでしょうか。

 


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