最近、TVなどで抗菌や除菌を訴求する商品のCMが流れています。ところで、抗菌、除菌、消毒などはどういう意味で使われているのでしょうか。何となく、菌を排除して清潔度が高くなる商品と受け止めていても、正確にはどういうことなのでしょうか。表に示すように、抗菌とは細菌の増殖を抑えることで微生物が産生する、あるいは化学合成で作る抗生物質が該当します。乳に含まれるラクトフェリンやラクトパーオキシダーゼも特定の条件下では菌の増殖を抑えます。チーズへの使用が認められているナタマイシンは厳密には防カビ剤で抗菌剤ではありません。除菌は菌を除いて菌数を減らすことで、次亜塩素酸ナトリウムは食品工場の製造機器の除菌に使われています。また、菌を洗い流す洗剤なども除菌の一種です。消毒とはヒトに害を及ぼさない程度にまで菌数を減らすことで、アルコール消毒は日常的に行われています。70-80%アルコールは親水性と親油性(疎水性)の両方の性質を示すため、たんぱく質に結合し、変性させる性質があります。そのため、細菌の細胞膜を破壊し、菌を死滅させます。
しかし注意しなければならないことは、これら抗菌、除菌、あるいは消毒という方法は特別な菌を除いては、私たちにとって有害な菌のみならず、有益な菌も、有益でも有害でもない普通の菌も等しく減らします。私たちの周りには様々な菌が無数に棲みついています。一般的には普通の菌が最も多く優勢です。なので、せっかく菌数を減らしても、しばらくすると様々な菌が増えてきます。但し、菌の周囲に菌が増殖するのに必要な栄養源(いわば菌のエサ)が少なければこれら菌の増殖には限度があります。エサが限られていれば、優勢な菌がエサを食べつくし、劣勢な菌は増えにくくなります。なので、大事なことは菌のエサを減らす、すなわち洗浄することです。洗浄しないで、消毒してもすぐに総菌数は元に戻ってしまいます。
食品工場では一日の製造が終了すると、一般的には製造機器、パイプラインなどをCIP(定置洗浄:設備をばらすことなく洗浄)したり、機器によっては分解洗浄し、熱水あるいは蒸気で殺菌します。殺菌後、パイプラインや製造機器を冷却し、翌日の製造に備えます。しかしながら、目に見えない程度の洗い残しがあると菌は生き残ります。特に、デッドスペース(洗浄液が到達しにくい場所。細かい隙間や配管が曲がった場所など)は要注意です。また、酸、アルカリ、あるいは熱に耐性がある菌もいます。
チーズ製造でも同じことが起きています。図は『チーズを科学する』(C.P.A.、幸書房)」にも記載されているグラフです。熟成初期にはスターター乳酸菌が優勢ですが、主たるエサである乳糖がなくなるにつれてスターター乳酸菌の勢力は衰え、スターターと共に仕込んであるNSLAB(非スターター乳酸菌)が増え始め、熟成後期には優勢になります。
様々な因子が関係していると考えられますが、その一つはNSLABが好むエサが熟成中に生成されている可能性があります。酵母をスターターとともに加えておくと、スターターが乳糖を乳酸に変えます。すると乳酸を好む酵母が増えてきてカードpHは上がってきます。このように、チーズの熟成も菌のエサを制御することでおいしくなったり、ならなかったりするのです。と、言うは易いのですが実際の制御は難しく、チーズの科学がさらに発展することを期待します。
「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。
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