世界のチーズぶらり旅

イタリアの偉大なるチーズの聖地は美食の宝庫だった 

2023年2月1日掲載

① 数々の美食を生む広大なパダーノ平原

イタリアのNo1のチーズはなに?といえば、チーズに少し詳しい人ならば、パルミジャーノ・レッジャーノ(Parmigiano Reggiano)と答えるかもしれない。では、同じイタリアのグラナ・パダーノ(Grana Padano)は?と問えば、名前だけは知っている、という人が多い。だが、この二つのチーズは大きさや形や色などがほとんど同じだから、チーズの表面に刻印されているドット文字が理解できないと両者の見分けはつかない。近年この北イタリア産の2種類のチーズは生産量を更新し続けているという。

② 幻の生ハム、クラテッロの熟成庫

地中海の真ん中に突き出ている長靴型のイタリア半島。そのほぼ中央部を北から南へアペニン山脈が走っている。従ってイタリアは平野が少ないので、家畜はヒツジやヤギなどの小動物が多い。だが半島北部にはアルプス山脈に源を発するポー川が開いた広大な平原が広がっていて、ここをパダーノ平原(ポー平原とも)と呼ぶ。平野が少ないイタリアでは、この地には世界に知られる名車を生む自動車工場などもあり近代産業の地としても知られている。だが、平野全体には豊富な水があり気候も穏やかなこの地は、ここでしか味わえない個性的な食品が数多く誕生した美食の聖地でもあるのだ。

③ 幻の生ハム、クラテッロを賞味する

まずは、パルミジャーノのホエイを与えて育てた豚肉で造られるパルマの生ハムは有名で、私の長い間の憧れであったが、やっとこの地を旅した時に食べることができ大いに感激した。だが、更にその上があったのだ。後年訪れたポー河の畔のズィベッロ(Zibelo)という村で出会ったクラテッロという生ハムは凄かった。普通イタリアの生ハムは後肢一本をそのまま使うが、クラテッロは上等な尻の肉だけを切り取って生ハムに加工する。当然非常に高価だが作り方も独特で、昔は市場に出るほどの量は作っていなかったという。写真②は熟成中のクラテッロだが、ポー川の畔に建つ空調もない粗末な小屋で、窓の開閉だけで熟成室の温度を調節していた。そして、その小屋の近くの林の中に小さなレストランがあり、ここではこのクラテッロを味わう幸せが待っていたのである。

④ 樽で熟成するアチェート・バルサミコ

さらに、この希少な生ハムの産地の近くに、20世紀の後半まで日本でもあまり知られていなかったバルサミコというワインヴィネガーの熟成庫があった。今では日本でもバルサミコ酢は手軽に手に入るが、本来このバルサミコは、モデナの貴族エステ家が自家用に作っていた醸造酢で、樽に入れて2年間熟成させたのをバルサミコと呼んでいたが、20世紀の後半になるとイタリアの市場にバルサミコを名乗る工場生産のヴィネガーが溢れかえる。現在日本で売られている安価なものは大方がこの手の商品である。もとはといえば、かつてモデナとレッジョ・エミリアを領有していたエステ侯爵家で造られていた自家用の樽熟成の酢で、飲み物として持てはやされ「侯爵様の酢」と呼ばれていたという。やがて、まがい物が横行すると1987年に、最低12年間樽熟成したクラッシックな商品は「アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ」としてD.O.C.(原産地名称保護)が与えられるのである。最後に訪れたここでも、私たちは古典的な最上のバルサミコ酢を味わうチャンスに恵まれたのであった。

⑤ 平原を覆い尽くすグラナ・パダーノ

以上、我々が訪れたパダーノ平原の美食の郷はごく一部であったけれど、この広大な平野にはまだまだ個性的な味覚が眠っていそうである。さて、最後にパルミジャーノとグラナに戻ろう。これまでも取り上げてきたパルミジャーノ・レッジャーノはその名の通り、生産はパルマとレッジョ・エミリア周辺の決められた狭い地域で造られ、厳しい検査に合格した物だけに与えられる名前だが、グラナ・パダーノの生産エリアはパダーノ平野全体を覆い尽くしているのである。ある資料によれば歴史あるこの2種類のチーズは、21世紀になってから生産量が伸びているという。パルミジャーノの2021年の生産量は409万個。グラナは2020年には520万個を生産したという記録がある。これ等の数字の大きさは筆者の感覚では、にわかに理解はできないけれど、歴史があり威厳もあるこの2種類の古典的なチーズが、21世紀になってから、更に生産量を伸ばしているという事がすごいのである。

 


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©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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