これまで「チーズの名前は村の名前」のタイトルで5回のシリーズを連載してきましたが、これはチーズの名前や特性を覚えるための一つの方法ですが、生産される村名のネタが切れたので、これからはとりあえず、県名や地方名がついたチーズを紹介します。改めて言うまでもなく、チーズは風土によって育てられるという側面もあるので、生産地を知る事はチーズをより深く理解することにつながるので、もう少しこのシリーズを続けたいと思います。
そんなわけで、まず、フランス中央高地にある県の名が付いたカンタル(Cantal)を取り上げます。ご存知の通り、このチーズはすでに紹介した村名チーズの、ライオルとサレールと同類のチーズですが、これらのチーズはちょっと変です、変わっている。フランスにはハード系の大型チーズで、この様な「円柱型」のチーズは他にはない。コンテもボーフォールも「車輪形」です。そして、それらのチーズへの加塩方法は、チーズの表皮から塩を擦り込むのが一般的です。でも、カンタル系のチーズは、型入れ前のカードに直接塩を混ぜ込混んでプレスするのです。
18世紀末のイングランドでは、長年の試行錯誤の結果、カンタルと同様の加塩方法によって円柱型のチェダー・チーズが誕生します。でも、フランスからの技術のやり取りは確認されていないようです。チェダーの成り立ちを詳しく書いている『チーズと文明:築地書館』の著者ポール・キンステッドも、この事には触れていません。カンタル系のチーズはローマ時代からある古いチーズなのですが。
次は、超ソフトなチーズを紹介します。フランスのコルシカ島で造られるブロッチュ・コルス(Brocciu Corse)です。コルスとはコルシカ島の事。ミルクを凝固させチーズを作るときに大量に排出される水分(ホエイ)の中には、凝固剤では固まらない蛋白質も一緒に流れ出る。特にこのチーズに原料を提供している羊乳の場合は牛乳の3倍以上多くたんぱく質が残るそうです。そして、これらの蛋白質は沸騰寸前まで加熱すると凝固し浮上してくる、これを掬い取って作るのがブロッチュなのです。
ほかの地域ではこれをリコッタと呼ぶけれどコルシカ島ではこれをブロッチュと呼びA.O.P.を取得し特産品にしているのです。それまでリコッタ系の製品はチーズとは認められておらず、このブロッチュがチーズとしてA.O.C.を取得したのは申請してからやっと15年後の1998年の事でした。
レマン湖の西のスイスとの国境近くのフランス領にモルビエという町があり、この周辺ではこの町の名がついたMorbierという中型の不思議なチーズが作られています。何が不思議かといえば、このチーズは陳列するときは写真のように半分に切って売場に置く。理由はお分かりですね。この内部の黒い線を見せてチーズの正体を教えているのです。でもこのチーズの内部にある黒い線は何かを知らない人は聞いてくる。そこで、ああ、これはチーズを作る鍋の底に着く黒いススです、というと皆びっくりする。
このあたりで造られるメインの大型チーズといえば、フランスで最も生産量の多いコンテ(Comté)だけれど、こんな話があります。コンテに限らず大型チーズを作ろうとすれば、どうしてもカード(乳を凝固させたもの)が残る。ぴったりとはいかないのです。だが、残ったカードを明日まで保存するには、ハエなどの害虫から守らなくてはならない。そこで、昔はチーズ釜の底に付着しているススをカードの上に塗って保存したというのです。そして、更に翌日に余ったカードをその上に載せて自家用のチーズを作った。それがモルビエというチーズの始まりという訳です。もちろん、今はなべ底のススなどを使わず、専用の木炭の粉を使っているというのですが、それが、このチーズの味を含めてどのような効果があるのか。残念ながらそうした記録に出会ったことはありません。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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