乳科学 マルド博士のミルク語り

何故、乳のカルシウムは吸収されやすいのか

2022年9月20日掲載

Jミルクの調べによれば乳に関する間違った内容のツイッターは相変わらずにぎやかだそうですが、その中で私が気になった投稿は、管理栄養士過程卒の方が、教科書に載っていないが先生が「牛乳に含まれるリンがカルシウムの吸収阻害を促す」と教えてくれた、とつぶやいていたことです。勿論、皆様は牛乳のカルシウムは体内に吸収されやすいことはよくご存じだと思いますが、栄養士養成の職務に就いているにも関わらず、基本的な理解ができていないことに驚きました。

牛乳のカルシウムが吸収されやすいことはすでに女子栄養大学の上西教授らが論文を発表しています(表)。19~29歳の女性9名に被験者となってもらい、市販普通牛乳、小魚(イワシ、ワカサギ)および野菜(コマツナ、モロヘイヤ、オカヒジキ)を食べてもらい、それぞれの食品中に含有されるカルシウム量のうち何パーセントが吸収されたかを測定しました。その結果、牛乳は39.8%、小魚は32.9%(但し、頭から尻尾まで丸ごと食べた場合。カルシウムは主に骨に含まれているので、切り身には少量しか含まれていません。)、そして野菜では何と19.2%でした。野菜でカルシウム吸収が低いのはシュウ酸、フィチン酸、食物繊維などカルシウムの吸収を阻害する成分が含まれているためで、野菜の種類により大きく異なります。

では何故牛乳カルシウムは吸収されやすいのでしょうか。牛乳中のカルシウムの多くはリンと結合しリン酸カルシウムの微小凝集体(ナノクラスター)となっています。pHが中性ではリン酸カルシウムは水に溶けないので、そのままでは沈殿してしまいます(C.P.A.コラム、2016/1/20参照)。しかし、ナノクラスターには多数のカゼインが結合し安定です。

牛乳を飲むと、胃の中で(空腹ならpH1~2、食物を食べた場合pHは3~4)凝固するとともに、リン酸カルシウムナノクラスターは可溶化しイオン状態となりカゼインから離れます。胃からペプシンという消化酵素が分泌され、カゼインは部分的に分解され、大きなペプチドになります。続いて小腸に至ると大きなペプチドを小さなペプチドやアミノ酸に分解する様々な消化酵素によりカゼインは分解されます。pHが弱アルカリ性となるため、カルシウムは再び不溶性となりますが、カゼインのリン酸化ペプチド(カゼインホスホペプチド:CPP)に結合し小腸壁からカゼインペプチド+カルシウムの形で体内に吸収されます。ちなみに、カゼインホスホペプチド(CPP)とはカゼインを構成しているアミノ酸のセリン(Ser)にリンが結合(Ser-P)している箇所が多数あり、これらSer-Pを複数個含むペプチドのことで、カゼインから多種類のCPPが生成します。CPPは体内の消化酵素が働いて生成する他、熟成タイプのチーズにも多数含まれています。
また、CPPに結合しなかったカルシウムでも乳糖がカルシウムの吸収を助けることが分かっています(但し、何故、どのように助けるか詳しいことは不明)。ペプチドや乳糖により吸収されたカルシウム以外のカルシウムはリン酸と結合し、水に溶けないリン酸カルシウムとなり排出されます。なので牛乳のカルシウムは約40%が吸収され、60%は排出されるのです。

ところで、「牛乳中のリンはカルシウムの吸収を阻害する」とのことですが、実際には牛乳のカルシウムは約40%も吸収されます。牛乳中のリンについて説明しておきます。牛乳にはカゼインのセリンというアミノ酸に結合したリン(有機リンと呼ばれます)とそれ以外のリン(無機リン)があります。無機リンのうち、ほぼ半分が水に溶けないリン酸カルシウムの微小凝集体(ナノクラスター)であり、セリンに結合した有機リンに結合しカゼインミセルの中核となります。残り半分の無機リンはリン酸などでホエイ中に存在しています(図2参照、日暖畜報 53: 9-16, 2010)。有機リンと無機リンの比率はおおよそ2:5、無機リンの約半分がナノクラスターとなってカゼインに結合しているので、カゼインミセルに含まれるリンとホエイに含まれるリンの比率はおよそ3:2となります。なので、消化管にて分解されたカゼインペプチドが分解前と同じようにリン酸カルシウムを結合できれば、カルシウムの吸収率は60%となるはずですが、分解されたペプチドには元と同じようにリン酸カルシウムを結合することはできないと考えられます。

「牛乳中のリンはカルシウムの吸収を阻害する」というのは正確ではありません。「一般的には大量のリンはカルシウムの吸収を阻害しますが、牛乳中のリンはカルシウムとともにカゼインと結合し、カルシウムの吸収を促進します。カゼインと結合できなかったリン酸カルシウムは吸収されにくくなります。」というのが正確な説明になります。


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