時任農場はかって函館にあった牧場で、初代函館県令(注、明治時代、北海道には函館県、札幌県、根室県が設置されていた。)であった時任為基(トキトウ タメトモ)(注、俳優の時任三郎は時任家の末裔)が設立した洋式の模範牧場です。
日本で最初にヨーグルトを販売したのは愛光舎(1911年)でしたが、時任農場でも1918年にはヨーグルトを製造していたとの記録があります(農商務省、本邦ニ於ケル乳製品ト肉製品、大正10年)。しかし、昭和8年の「時任農場月報」というパンフレット(写真1)に掲載されている主要商品の中にはヨーグルトは書いてありませんので、短期間だったのかもしれません。製品一覧には高級「ゼルシイ牛乳」、小児用「均質牛乳」、「普通牛乳」、「脱脂牛乳」、「トキトーバター」、「トキトークリーム」、家庭料理用「カゼイン」が書いてあります(写真2)。
ところで「ゼルシイ牛乳」とは何かお分かりですか?昭和8年8月10日発行の時任農場月報に次のように記載されています。
「1920年の2月、農場主が英仏海峡ジャージー島産のゼルシイ牝牛13頭と牡牛1頭を買い求めて上磯(注、現在の北斗市)の牧場に連れてきました。これがゼルシイ牛の見初めでした。
ゼルシイ牛は優美な体型の持ち主で毛色鼠色及灰褐色の二種あり、何れも鼻鑑周囲に白色の輪毛(?)を有し、角は比較的に短く首と四肢は細く身体全体はほっそりとして低く愛くるしい黒い瞳が特に目立って居り丁度日本の鹿によく似て居ります。・・・」
鹿ですか・・?写真もあるのですが不鮮明で分かりません。シカたないですね。かって一時期「ゼルシイ牛乳」を取り扱ったことがあるという方によれば、ジャージーとガンジーがごちゃ混ぜでゲルンジーと呼んでいた時代があったとのこと。また、別の見解ではジャージー(jersey)をゼルシー、ガーンジー(guernsey)をゲルンジー と発音していたそうです。
してみると、ジャージー牛の牛乳が「ゼルシイ牛乳」ですが、地域によってはガンジー牛も混じっていた可能性も考えられます。
この月報には牛語について書かれていますのでご紹介します。
仔牛
「ウムベー」:母牛を呼んでいる
「ウベーウベー」:乳をおねだり
「ベーベー」:友達を呼んでいる
「ウームウーム」と言いながら尾を振る:欲しいものが見つかった時、人工哺乳している仔牛は人を親と思っているので乳缶をがんがん叩いて「オーイオーイ」あるいは「ベーベー」と言うと仔牛はやって来る
牝牛
「ウーンウーン」と言って鼻を舐める、あるいはよだれを垂らす:ご馳走が欲しい
「ウモーウモー」:友達を呼んでいる
「べー」:驚いた
「ウチーウチー」といって土をひっかき、角を下げる:怒っている
牡牛
「ウチウチ」と言いながら鼻呼吸が荒い:怒っている
放牧中に親子が離れ離れになり「ウムモー」:仔牛を呼んでいる。子牛は「ウムベー」と鳴いて親牛の元に帰る
など興味深い話題が提供されています。
他にも牛乳の栄養・健康効果についても毎号紹介されており、現在の科学ではちょっとなーという部分もありますが、概ね今でも通用する情報が書いてあります。
さすが、最先端の洋式牧場を目指した時任農場だけあって、牛乳飲用の啓発努力には感服するばかりです。
「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。
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