このコラムの第5回で紹介したように、1980年代後半から90年代(昭和60年代~平成)にかけてチーズに関する書籍やムックなどが毎年のように発売されました。輸入チーズ専門店もできて、世界のさまざまなチーズを情報とともに入手することができるようになりました。それ以前は、消費者が得られるナチュラルチーズの情報はとても乏しいものでした。そんな時代の一般向けのチーズ本を紹介します。
『チーズの本』(河合勝一・平野巳之助著 婦人画報社 1964)
・チーズ今昔物語
・チーズ商品学
・世界のチーズ
・チーズを使ったお料理
河合勝一さんは明治乳業の研究所やチーズ工場などの要職を歴任された方、平野巳之助さんはレストランの名店を経て東京銀座にあった明治乳業チーズサロンに勤務された料理人です。
冒頭で紹介されるのが、戦時中に日本兵がマレー半島を進行中に敵軍の食糧を発見したがチーズを食糧と思わなかった、という逸話です。これはのちにいろいろな書物に引用されました。これを皮切りに、歴史や統計をていねいに説明されています。チーズの消費量は急ピッチで毎年5割増、ですが一人当たりの消費量は年間70g程度(1961年)、という時代です。興味を持つのは一部の趣味人、という雰囲気は否めませんが、存分に魅力を伝えていると思います。
これは古本として多く流通しており、この時代としては状態のいいものをよく古書店で見かけます。
『チーズ手帖』(小松妙子著 ブックマン社 1975)
1.チーズは日本の「漬物」
2.チーズの種類
3.フランスのチーズ
4.スイス、オランダ、イタリー等のチーズ
5.私の極付・チーズ料理50
小松妙子さんはフランス文学者小松清氏の妻としてパリに暮らし、帰国後に料理研究家として活躍された方です。『フランス料理』(フランソワ・ルリ著 白水社 1967)の訳書があります。
フランスで暮らすうちにチーズが好きになり、チーズとブドー酒は日本の玉露と漬物のように作った人の心が伝わるものなのだ、との持論に至ったと述べられています。フランス各地のチーズを細かく紹介する一方、イタリーやイギリスのチーズはあまり知らない(イタリーで知っているのはパルメザンとゴルゴンゾラだけ)と許しを請うところも、ほほえましく読めます。レシピも楽しそうに描かれ、読者はなんとか同じチーズを入手して作りたくなっただろうと思います。
『チーズあれこれ』(仁木達編著 柴田書店 1976)
Ⅰ こんにちはチーズ
Ⅱ チーズ・いろいろ
Ⅲ チーズづくり・いろいろ
Ⅳ 生活の中のチーズ
Ⅴ チーズは食卓の演出家
仁木達さんは雪印乳業の技術研究所長を務められた方で、『チーズ博士の本』(地球社 1974)の著書があります。
一般向けながら、歴史・科学・製法・各国のチーズ・料理が、まるで教本のようによくまとめられています。熟成による変化を歌謡曲「シクラメンのかほり」の歌詞になぞらえて説明しているのもおもしろいです。乳製品を食べすぎだと敵視する意見に対する反論を多面的に述べられているのも興味深いと思います。チーズの消費量は一人当たり年間500gに満たない頃ですが、食の西欧化に風当りが強かったことを感じます。
この3冊の著者は皆さん大正生まれ。チーズが大好きでその良さを多くの人々に伝えようとしてこられた大先輩たちです。その仕事に触れるにつけ、ぼくもがんばろうと思うのでした。