(11)熟成 ③(チーズの骨董品?が並ぶ奇怪な熟成庫)
これまでに、チーズ大国でといわれるフランスの国土に点在するチーズの産地を訪ね、何度も地方めぐりをしたけれど、なぜか北フランスだけは未踏の地でした。しかし、ある年の2月末に北フランス行きのチャンスが訪れた。毎年開かれるパリの農業祭へのツアーの案内に、北フランスとベルギーのチーズを訪ねる旅がセットになっていたのです。そこで、さっそくこの旅に参加することにし、同行者とパリで落ちあった。そして翌日の早朝バスに乗り北に向けての出発です。だが、目的地はパリ盆地の北の端っこで、これらの地方は冬でも雪などはあまり降らないものの天気は安定しないのです。それに、この地方には観光の目玉という物がない。従って、この旅はただチーズを見て食べる事に集中する事になりそうだったのです。
パリを出ると大きく波打つ大地は一面の枯野で、牧草地には短い草が生えているという風景が続きます。それに、この辺りは風が強いのだろうか、風力発電用の風車が林立していて風景写真が撮れない。さて本題のチーズといえばA.O.P.認証ものはマロワール(Maroilles)だけなのです。そして、このチーズの失敗作を再利用したといわれる、砲弾型をしたブーレット・ダベンヌ(Boulette d’Avesnes)が知られていますが、この地方のチーズで日本で最も知られているものと言ったら、球形のチーズ、ミモレット(Mimolette)でしょうか。これ等のチーズの製造所はベルギーの国境のすぐ近くにあったので、ここまで来たらベルギーのスクールモン修道院でシメイ(Chimay)チーズを食べながら同名のビールを飲まなくてはと、この地方へのチーズ・ツアーは、大方、この様なスケジュールになっているようなのです。
さて、ここまではイントロでして、本題はこの北フランスの旅で予告もなく案内された奇怪なチーズの熟成庫の話です。
この北フランスとベルギーチーズの旅は2泊3日で、その後はすぐにパリに戻り、それぞれがパリで開かれている農業祭を自由に見学して帰国するという段取りになっていました。ところが、旅の最後に日本での在住歴がある案内役のフランスのチーズ職人F氏が、帰路の途中で面白いものを見せるといって、ある町にバスを停車させました。そこは、さほど大きくはないきれいな街ながら、人影も見えず生活感が乏しい町でした。広場でバスを降りるとそこで待っていた地元の案内人が説明を始める。もちろんフランス語です。筆者はいつも写真を撮るのが忙しいので、後でパンフレットを貰う事にして街の様子などをカメラに収める。話が終わると近くのけっこう大きなレンガ造りの倉庫のような地下室に案内されました。
すると20mはありそうな地下通路の両側に板が並べられ、その上には、いかにも古そうなコンテとかボフォールのような大型チーズが、埃にまみれて並んでいる。ここはチーズのお化け屋敷か? みな不審な面持ちで中に進んでゆく。そして部屋に入るとそこには、より凄まじい形相のチーズが棚板に並べられているのです。それらを前にして見学者達は、みな言葉にならない小さな叫び声をあげるばかりなのです。
写真を見てください。場所柄ミモレットらしいチーズが多いけれど、どれも蜘蛛の巣が絡んだのや、風化した火山岩のようなチーズが棚板に並んでいるのです。またシェーヴル各種の形相がすごい。朽ち果てたあばら家から拾ってきた廃材のようなものや、軽石のようなチーズが並べられているのです。どれも到底食料になるとは思えないものばかりなのです。
熟成庫はけっこうな広さがありチーズの種類も大小各種あったけれど、誰が何のために、どうしてこの様な熟成を行っているのかなど、数々の疑問が湧いてきました。事前の情報もなく突然この奇怪な熟成庫に案内され、同行の見学者は、みなあ然とするばかりでした。そしてこのサプライズはフに落ちないまま時間切れとなり、みんな不思議な思いにとらわれながらパリに向かったのでした。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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