ハード系の大きいチーズは、主として山岳地帯で作られ、柔らかい小型のチーズは平野でつくられる、という事ができる。もちろん例外はあるが、特にフランスのチーズはそのような傾向が強い。『チーズの教本』でフランスのA.O.P.指定のチーズを調べるとハード系のとされているチーズは11種類あるが、大型で硬いチーズは山岳地帯でつくられるのが普通である。だがフランスには山がない!といったら一斉にブーイング起こりそうである。ヨーロッパ最高峰のモンブラン?あれはイタリアとの国境にあるからフランスの山とは言えない。ピレネーだって、ジュラ山地だって国境にあるので、フランスの山とは言い切れないのだ。というわけで唯一フランスの山といえるのは、フランスの南部に広がるマッシフ・サントラル(中央高地)と呼ばれるさ程高くないところだけと筆者は考えている。ま、それは冗談として、フランスのハード系のチーズのほとんどはスイス寄りの山岳地帯で造られているので、味も形もスイス系のチーズに似ているのである。だが、フランスの中央高地で作られているハード系のチーズは、フランスにはない形をしていて製法も全く違う。
C.P.A.会員の読者諸氏ならば、それはカンタル(Cantal)、ライオル(Laguiole)、サレール(Salers)の三つのチーズである事は先刻ご承知のはず。A.O.P.名は生産エリアによって上記のように分かれているが、パリのチーズ商マリー=アンヌ・カンタンは、これらはみな同じチーズだと書いている。これらのチーズが他の山岳地チーズと大きく違うのは、その形である。山のチーズはおおむね円盤型だが、これらのチーズは円筒形なのだ。それはなぜか。それを探るため、ある年の夏にロックフォールの洞窟を見た後、そのまま、中央高地を縦断する山道を北上し、まずは世界にその名を知られるLaguiole村を目指す。この辺りは聞きしに勝る過疎の地域だ。曲がりくねった山道の両側は松林と緩やかに波打つ広大な放牧地が広がり、時折小さな村が現れる。やがて丘の上のやや大きな村に到着。広場には大きなライオル牛の像が立っていて、家屋も立派でホテルも数軒ある。郊外にはライオル・チーズを作る工場があるがここで作られるトムと呼ぶ若いチーズとジャガイモで作るアリゴが世界に知られるようになる。そして20世紀の後半には、この村で作られていたライオル・ナイフが日本でも知られるようになりソムリエ・ナイフの定番となる。現在ナイフは作っていないが博物館が残っている。そして村の東側の牧場の中にミッシェル・ブラスというシェフがレストランを建設し、1999年に三ツ星を獲得すると、公共の交通手段がないこのレストランに世界中からグルメ達が集まってくるのである。
我々はこの村のホテルに宿泊し翌朝近くのライオル・チーズの工場を訪ねた。筆者が知りたかったのはこのチーズの製法である。普通のハード系のチーズはカードに直接塩を混ぜずに円盤状に整形してから、表面から塩を擦り込むのである。だが円筒形のこれらのチーズはカードを脱水した後、細かく砕き直接塩を混ぜ込んで型に入れる。この特殊な技法は海の向こうのイングランドで100年以上かかってやっと18世紀に完成したというチェダーとほぼ同やり方で、大きさも形も似ている。これはとても不思議な事だ。カンタル系のチーズはフランス最古のチーズといわれ、2千年の歴史があるとされているが、この製法がいつ確立されたのかは謎である。『チーズと文明』のポール・キンステッドは、このチェダーと原理的に同じ製法はフランス人がカンタル系のチーズを作るために何世紀も前から行ってきた技法だと書いている。
工場の見学は2階のガラス張りの専用の通路から製造の流れを見る事ができるようになおり、そこから見下ろすと今まさに大きなカードの塊を布に包んで保温し発酵を促しているところが見えた。カードに弾力が出てきたら細断し塩を混ぜ型に入れてプレスするのである。チェダーの場合はこの工程をチェダーリングといい、チーズ全体に塩を素早く行きわたらせる手法だが、この地ではいつこの様な複雑な製法が考え出されたのか。それを示す資料にはまだ出会っていない。
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