チーズを勉強している一般の人にとって、チーズ製造の最も重要な部分である熟成室の見学はけっこうハードルが高い。特に本場ヨーロッパの熟成庫を見学するには、アクセスも難しいけど、それなりの知識がないと理解できない事が多いのです。かく言う私とて、本場の熟成庫を見るたびに新しい発見と、そして、多くの疑問が増えていく。大きな近代工場であればPR室でビデオを見ながらその工場の主要製品を試食して終わりというのはよくあるけど、近代工場はステンレスのタンクやパイプばかりが目について写真を撮るところがないのです。その点、何世代も続く手作りの工房であれば、チーズの誕生から熟成まで見学することができてとても勉強になります。でも、ふらりと工房を訪ねても見学はムリだし、前もって目的のチーズを勉強しておかないと解らないことが多いのです。でも、熟成庫に並ぶでき立ての初々しいチーズや、時間を経て成長していくチーズの姿が見られるのは貴重な体験となるのです。
というわけで最初の写真をご覧あれ。どうでしょう、この初々しさ。ちょっと触れただけで壊れそうです。これは朝に生まれたばっかりのバラットという名の牛乳製のチーズです。高さは3cmほど。時間がたって組織が固まったら中央にストローを刺します。その形が古典的な木製のバター製造器のBaratteに似ているのでこの名がありますが、チーズ界では最小のチーズの一つです。
次は②と③のチーズを見てください。同じ大きさの熟成中のチーズなのですが、私はうっかりして同じチーズだと思ってしまいましたが、帰国して写真を整理していて、違う物だと気が付きました。フランスとベルギーとの国境をまたぎ、1日で両国のチーズ工場を訪ねた時のもので、写真②は北フランスの球型のチーズ、ミモレットなのですが、③はフランス国境近くのベルギーの修道院が開発したヴュー・シメイ(Vieux Chimay)というチーズだったのです。
熟成中のこれ等のチーズは大きさも色も同じで見分けがつきにくいけれど、ヒントは写真②のチーズの下にはプラスティックの輪が敷いてある。これはチーズを球体に仕上げるための装置だから、こちらがフランスのミモレットで、写真③のチーズは仕上がりが半球体になるヴュー・シメイだと気が付いたのでした。
写真④は南フランスで白カビ系のA.O.P.(原産地名称保護)指定のチーズを作っているやや大きな工房の熟成室ですが、この部屋には様々な大きさや形のチーズが並んでいます。A.O.P.指定のチーズはブランド品として権威はあるものの、様々な制約があり手間もかかり割高になるため、どの工房でも地元用として複数のチーズを作っています。写真はそのための熟成室なので、我々にはどんなチーズなのかは全く分からないのです。
⑤のグラナ系チーズの熟成庫ですが近くに寄ると大迫力です。どうやらここは熟成を請け負っている会社の熟成庫らしく、18段に積み重なったチーズを見るとパルミジャーノとグラナがある。以前、銀行が経営するという熟成庫を訪ねた事があるけれど、そこには熟成庫を持たない中小の工房がチーズ委託するそうで、銀行だから長く預けると利子が付くなんて冗談を言っていました。でも、数えてみると30kg以上もあるチーズを18個も積み上げた光景は壮観というより、また地震が来たらどうしよう、なんて地震大国の住人は真っ先に考えたのですが、こちらの人はもう忘れているのでしょうか。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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