栄養プロファイリングとチーズ
「栄養プロファイリング(nutrition profiling)」って何だ?聞きなれない言葉です。1980年代から欧米を中心に肥満、心疾患、糖尿病、高血圧などの生活習慣病が増え、社会的な問題となりました。そこで、1986年から英国にて、続いてスウェーデンでも食生活を改善するための方策が検討されるようになりました。
当時の栄養学では生活習慣病の原因は脂肪、特に飽和脂肪酸、そしてナトリウムや砂糖の過剰摂取が原因で、たんぱく質、カルシウム、カリウム、ビタミンなどの摂取が少ないことも影響していると考えられていました。そこで、脂肪、飽和脂肪酸、ナトリウム、添加された砂糖を悪者と位置付け、これらの含量が高い食品に、その含量に応じて赤、黄、緑の交通信号に類似したマークを容器前面に添付したり、店頭のポップに添付したりすることを打ち出しました。これが「プロファイリング」です。例えば、チェダーチーズでは脂肪、飽和脂肪酸、ナトリウムが基準値以上含まれているので赤、砂糖の添加はしていないので緑となります。脂肪を半分にしたチェダーチーズでは脂肪が黄、飽和脂肪酸、ナトリウムは赤、砂糖は緑、脂肪を半分にしたことに加えて、飽和脂肪酸やナトリウム含量も低減したチーズ(修飾チーズ)では飽和脂肪酸と砂糖は緑、脂肪とナトリウムは黄色で表示されます(図1)。修飾チーズとはカゼインや植物脂肪を原料にし、酵素を働かせチーズっぽい風味を付けたもので、もはや“チーズ”とは呼べない代物です。つまり、チーズは悪者として扱われ、魔女狩りに遭ったわけです。学給に出してはいけない、販売促進の宣伝をしてはならない、飽和脂肪酸の含量に応じて税金(飽和脂肪酸税)を課すなどイジメに遭ったのです。
そこで、ちょっと待て、ちょっと待てイギリスさん、と他の国々から反対論が起き、第一線の栄養学者らが別の「栄養プロファイリング」を検討し始めました。彼らも消費者に分かりやすく注意すべき食品と推奨すべき食品を認識してもらうシステムを提供するという考え方には賛同しましたが、単純なプロファイリングをすることは容易ではありません。食品は悪者の栄養素だけではなく、積極的に摂取すべき栄養素も同時に含んでいます。また、同じ栄養素でも食品の種類によって悪者になったり、ならなかったりで、調理方法によって異なります。例えば、乳・乳製品は飽和脂肪酸が多くても何ら悪さをしませんし、チーズはナトリウムが多いのですがカルシウムや熟成で生成するペプチドが高血圧を防ぎます。また、魚は不飽和脂肪酸が多いのですが、塩漬けした干物はナトリウム含量が高くなります。脂肪摂取を抑えると脂溶性ビタミンの摂取も不足しがちになります。そこで、食品に含まれる栄養素のマイナス効果とプラス効果を勘案したプロファイリングが提案されました。
しかしながら、新しく提案されたプロファイリング方法についても問題が生じました。①計算式が煩雑で消費者には分かりにくい、②各業界が自分たちの商品が不利にならないように“基準値”の設定が異なっている、③国ごとに食文化が異なり、プロファイリングも異なるなど様々な問題が浮き彫りになりました。
図2は米国の大手流通業界がそれぞれ独自に行っている栄養プロファイリングです。全く異なった表示で、これでは消費者は混乱するだろと想像します。図3は現在英国で一般的に使われているプロファイリングで、危険度に応じて5段階に色分けされています。この方式によればプレーンヨーグルトは比較的良い評価ですが、果汁入りヨーグルトは着色料や着香料を使っているので高度に加工された食品として評価は落ちます。チーズもまた飽和脂肪酸やナトリウムが多いので評価は下がります。
最も“悪い食品”としてやり玉になっているものはジャンクフードです。英国では子供向けTV番組ではジャンクフードのPRが禁止されたり、学校の近くではファーストフードの新規出店を禁止したり様々な規制を打ち出しています。他の欧州各国でも類似の動きが始まっています。
では、日本ではどうでしょうか。政府内でも検討が行われていると思われますが、今のところ表面化していません。しかし、グローバルなビジネスを展開している某食品大手は5月に独自の「栄養プロファイル」を開発し、自社製品で展開するとのプレスリリースを発表しました。早速自宅近辺のスーパーでその会社の商品を手に取ってみましたが、今のところ独自の「栄養プロファイリング」が容器前面についてはいませんでした。
食品の栄養価値や健康機能は個々の栄養素だけで決まるものではありません。栄養素ではなく食品として、あるいはトータルの食事パターンとして評価すべきものです。特に日本人の食事パターンはバランスが取れています。特定の食品に含まれている栄養素の種類や量で栄養を語ることはできません。
「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。
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