ポルトガルチーズとワインを味わう幻想の旅
日本でワインという酒が一般に知られるようになったのは、100年と少し前だろうか。それもポート(Port)というポルトガルの高名なワインの名を冠した甘口のワインであった。このワインは1970年代にワインブームがやってくるまでは、日本中の酒屋に並んでいたが、このポートなるワイン名は、後に同名の伝統ワインを産するポルトガルからの抗議によりラベルから消える事になる。だがヨーロッパでも特殊なスタイルのこのポート・ワインの名は百年以上前から日本人に知られていたのである。そのような歴史に彩られたワインの産地を訪ねるというチャンスが別の方面からやってきた。
それは、日本ではあまり知られていないポルトガルのチーズを訪ねる旅の途上であった。その旅は定石通りリスボンに入り、そこからバスで南下して南部のチーズを取材し、そこからD.O.P.チーズの産地をたどりながら北上し、最後は北部の都市ポルトに到る。そして、ここで念願のポート・ワインを飲みながらこの辺りのユニークなチーズを味わおうという計画である。
ポルトガルのチーズは羊乳や山羊乳、または両者の混合で作られるソフトタイプのチーズが多い。面白いのは、中部から北部地方でつくられるこれらのチーズの中には側面にサラシを巻いたイキなものがよく見られる。そんなチーズを取材しながら、大西洋に面した、ポルトガルの第2の都市ポルトに到着する。長年心に描いたポート・ワイン(ポルト酒とも)の街である。ポルト市の象徴ともいうべきドウロ川はスペインにその源を発し、深い谷を刻みながら流れ下り町を貫いて大西洋に注ぐ。その左岸にはポルト・ロッジと称する大手メーカーの酒蔵が集まっている。そして、ここで熟成し出荷されたワインだけがポルトの名で世界の市場に出されるのである。
このポルト酒はイギリス人が作ったとする説もあるが、ワインのできないイギリスは運搬中のワインの劣化を防ぐため、発酵途中にブランディを添加し長い航海でも痛まないワインを作ったというのだ。このワインの原料になる葡萄はドウロ川上流の深い谷間の急峻な斜面で作られる。そして、夏には気温が40℃にもなるという過酷な環境の中で、特殊な製法を駆使しポルトという銘酒を作り上げたのである。摘み取られた葡萄はすぐにプール状の槽に入れられ大勢の男たちが裸足になって12時間かけて踏みつぶす。そして発酵を始めた果汁にブランディを添加して発酵を抑え樽に詰める。かつてはこれを平船に積んで河口のロッジまで運び熟成させた。ダムができてからの輸送はトラックになったというが、造り方はさほど変わらないという。この様にして、この地だけにしかないポルトというユニークなワインが造り続けられてきたのである。
今回はこの谷間にあるワイナリーの試飲室で自慢のポルト酒と、それに合わせて作られたというチーズが出された。白状するが筆者はこれまで、まともなポルト酒を飲んだ記憶がほとんどなかった。試飲には日本では到底飲めないヴィンテージ・ポルトを出されたが、甘くてまろやでおいしいワインだったという情けない評価しか浮かばなかったが、それよりポルト用に作られたチーズがよかった。デザインもおしゃれで、味わいもクリーミイで品があった。子供の頃から名前だけは知っていた本物のポート・ワインと、初めて食べるお洒落なチーズを、ドウロ渓谷の急峻なブドウ畑を眺めながら味わう幸せは、もう二度とこないであろうと何となく思ったのであった。
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©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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