フロマGのチーズときどき食文化

恋人はミルク、花嫁はバター

2020年8月15日掲載

恋人はミルク、花嫁はバター

1.木製の古いバター・チャーン 

今回はバターの話です。チーズとバター、この二つは姉妹のような関係にあるのにその歴史的、文化的な話題に上るのはチーズばかりなのです。乳製品の歴史が浅い日本ですらチーズ関係の本はたくさんあるけどバターの本は見た事がない。バターはチーズと違って高級なものも、そうでないものも製造する原理は同じで操作も簡単なのです。ミルクから脂肪分を多く含むクリームを取り出し、衝撃を与えると乳の中に浮遊している脂肪球の被膜が破れてくっつきあい浮上してきます。それを水で洗い練り合わせるとバターができる。現在ではミルクからクリームを取り出すには遠心分離機を使っていますが、ひと昔前まではミルクを容器に入れ冷却しながら一定の時間静置し、比重の軽い脂肪分を含んだクリームを浮上させます。それをバター・チャーンという器具を使って攪拌しバターを作っていました。写真がその古い木製のチャーンですが、この形のものは今もアジアの牧畜民の間で使われているようです。

2.巨大なフランスのバター

さてそこで、バターはいつ頃から作られていたか、といえばそれがはっきりしない。チーズの方は最近、古代遺跡の鑑定方法が進み、その製造の歴史は紀元前7000年頃まで遡っているようですが、バターの記録といえば実に貧弱です。そんな中で、日本でも読まれている古代ギリシャの歴史学者ヘロドトスが、紀元前5世紀頃書いたといわれる「歴史」の中にバターらしきものの記述があるのです。それは黒海の北に住む騎馬遊牧民の生活について触れているものの中に、おおよそ次の様な記述があるのです。「乳を搾るとこれを木桶に入れて、それを奴隷にゆすらせて、その上方に溜まったものを上質のものとした」と。これはおそらくバター製造の事と思われるけど、この部分を解説した文章にであったことがない。この様にバターの考古学的な資料は本当に少ないのです。

3.バターの名産地ノルマンディー 

さて、バター大国といえばフランスです。南仏のオリーヴ油圏を除けばフランス料理にはバターが実に大量に使われてきました。古い話ですが、筆者がパリで初めて買ったクロワッサンを入れた紙袋からバターが滲みだしてきて、その香りの高さに衝撃を受けた記憶が残っているのです。フランス料理にはモンテ・オー・ブール(Monte au Bourre)という技法があり、これはソースや煮込みの最後に冷たいバターを投入し、バターを溶かしながら乳化させ、味の仕上げをするというものです。そのためフランスの調理人達はバターの産地にこだわっているのです。

4.銘品イズニィーのバター

フランスには原産地名称保護(A.O.P)認証のバターの産地がいくつかありますが、その中で特にノルマンディーのカマンベールの産地でもある、イズニー(Isigny)のバターは評価が高く、日本でもよく知られています。
ところで、フランスでのバターの売り方がちょっと変わっている。スーパーにはカートン入りもあるけれど、ブロック状のバターを写真のように店頭に据えてワイヤーでカットして売っているのです。大量消費の国ならではの売り方ですね。

5.バターはワイヤーでカットして販売

戦後日本の朝食はパンになり、そこに日本のバターの新しい消費形態が定着したかに見えたのですが、冷えて硬いバターを柔らかいパンに塗るのには一苦労でした。そうした状況の中で、ソフトマーガリンが登場し朝食の主役になっていくのです。最近の日本はバター不足だそうですが、今後日本の食卓でのバターの地位はどうなっていくのでしょうか。

最後に、この文の表題の言葉についですが、昔バターに関わっていた時にこのような諺?をどこかで聞いたような記憶があって調べてみました。正確には最後に「女房はチーズ」というフレーズが入る。これは200年程前にドイツの作家が作った言葉だそうで名言とされているようですが、少し生々しくてちょっと恥ずかしい。考えすぎでしょうか?

 

©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
*禁無断転載