アスパラガスとフランス人
先日故郷の十勝から立派なアスパラガスが届いたので、この野菜の事を少し書いてみましょう。いまアスパラガスの最盛期でスーパやデパートの売り場には盛大に並んでいますが、日本の野菜売り場に緑のアスパラガスが並ぶようになったのは、せいぜい半世紀前ぐらいからでしょうね。日本で本格的に栽培が始まったのは大正時代で、ほとんどが缶詰用のホワイトアスパラガスだったそうです。筆者も最初に食べたのはこの缶詰ものでした。グリーンアスパラガスは流通が難しかったせいか、入手が困難で我々にとってあこがれの野菜でしたね。アスパラガスが日本で最初に栽培されたのは江戸時代で観賞用だったそうです。普通我々が見ているのはアスパラガスの芽なのですが、葉が茂るとなかなかきれいです。
アスパラガスの原産地は東地中海といわれ、ローマ時代の「アピキュウスの料理書」にレシピが載っていますが、アスパラガスにこだわっている国民といえばフランス人でしょう。まず、太陽王といわれたルイ14世はこの野菜が大好物でヴェルサイユ宮殿に温室を作らせ、冬でもアスパラガスを食べたとか。それが下々にも広がっていき、パリではアスパラガスは人気の野菜になるのです。そして20世紀のフランス文学の最高傑作といわれる、プルーストの「失われた時を求めて」にアスパラガスの事が難解な言葉で長々と書かれていて、その部分がしばしば引用されたりするのです。そんなわけでパリで人気のこの野菜はパリ周辺やロワール流域に名産地がたくさん生まれるのです。特にパリの北にあるアルジャントゥィユのアスパラガスはブランド品といっていいでしょう。
そしてフランスのアスパラガスは育て方や収穫のタイミングによって3タイプに分かれます。お馴染みのグリーンにホワイト、そしてバイオレットがあります。グリーンとホワイトは分かるけど、バイオレットは微妙な色なので、見分ける自信は筆者にはありません。日本ではほとんどがグリーンですが、フランスではホワイトやバイオレットが多いようです。
春から初夏にかけてのフランスはどこの町の市場でもアスパラガスを見かけますが、面白いのは縦置きに陳列している例が多いようです。食用にするアスパラガスは、いわば新芽ですから常に上に伸びようとしている。従って寝かせておくと起き上がってくる。つまり曲がってしまうのです。フランスではそれを防ぐためでしょう写真のように束にして立てて陳列している光景がよく見られます。
これほどたくさん売られているアスパラガスをどのようにして食べるか。やや古い記録ですが「ラルース料理百科辞典」には24種ほどのレシピが載っていますが、ほとんどが湯がいたアスパラガスに溶かしバターや、マヨネーズ系統のソースをつけて食べるというものです。驚いたのはその茹で時間です。日本のレシピを見ると2~3分茹でるとありますが、この料理百科では18分~22分茹でるとある。茹で過ぎでしょう! みずみずしくて可愛らしいアスパラガスをこんなに茹でたらクタクタになるでしょう。でも、フランス人はこの状態が好みのようなのです。
アスパラガスの日本名は「オランダキジカクシ」といいます。アスパラガスを伸び放題に放って置くと、写真5のように細かい葉が茂りあって緑の霧がかかったようになり、ここにキジが隠れるというわけです。やがて赤い小さな実がつくと、とてもきれいで観賞用というのもうなずけるのです。私が育った北海道の原野には野生のアスパラガスといわれるキジカクシが自生していました。ローマ人はこの野生のアスパラガスを好むと、先のラルース料理百科に書いてありましたが、民族によって好みは様々なんですね。
©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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